幾つものトラップを躱し、襲い来る魔族を全て倒し、たどり着いた先は水晶の洞窟。 「わぁ…奇麗…」 　かなり深い場所に位置しているにもかかわらず、天然光と滴で水晶はキラキラと光ってより明るく輝いていた。 　一番大きな水晶の柱。 「これって…」 　その中に一人の女性が閉じ込められていた。 「なんで…」 　眠っているのか、それとも既に死んでいるのか。 　それはここ最近出来たものではない。遙昔に造られたものだ。 「もしかして…あの唄を詠っていたのは…」 　時々聞こえて来る子守唄を詠っている人がこの人だと、ヒミコは直感した。 「誰かに…似てる…誰だろう？」 　疑問に思いつつもヒミコはゆっくりと側へ近寄った。 　ゆっくりと手を伸ばし、指先が触れた。その瞬間、水晶の柱は光りだし、そして洞窟内の水晶全てが一斉に光り輝いた。 『ハルカ…』 「誰！？」 　何処からか声が聞こえてくる。 　光で何も見えないながらも、ヒミコは気配で相手を探る。 『ハルカ、ムカシノコト…』 　瞬時にこの柱に囚われた女性の記憶だと判断するが、それにしても随分強い念で覆われていて一瞬でも気を抜けば自分の意識が飲み込まれてしまう。 　ヒミコは自分の周りに張っている結界を強めた。 　しかしそれさえもままならないほど、強力な力だった。 「くうっ…」 『遥か昔、双子の姉妹が居た』 　声とともに映像が頭の中に流れてくる。 『二人はとても仲の良い姉妹で、いつも一緒に過ごしていた。』 「記憶が…」 　パシンと音がして、ヒミコの中に流れてきた記憶が一気に膨れ上がった。 　十五になる成人の儀式。一族を率いる立場へと祭り上げられたのは最初に生まれた自分ではなく、一族の血を色濃く受け継いだ妹の方。姉を差し置いて長の地位に付いてしまったことに気を病む妹に、しかし私は自分のことのように喜びいつも陰ながら支えていた。それが私の支えであり希望でもあったのだから…。しかしその頃から目にみえない小さな歪みが出来ていたのを気づく者は自分も含めて誰もいなかった…。心を偽り続けることで、その傷は大きな物へと変化していき、気づいた時はもうどうしようもないくらいに大きくなっていた…。その引き金となったのはあの人が、身を結ぶ約束までしていたにもかかわらず、一族の強い意志で妹と結ばれてしまったのだ。絶望に深く悲しみ嘆き、死への扉へと手を伸ばしそうとしたが、この身に小さな命が宿っていることを知り私は人里離れた場所でひっそり子を産み育て、それを生きる糧としたのだ。それは私にとってささやかな幸せだった。しかしその幸せも長く続くことは無かった。大切な愛しいわが子が十の歳を迎えた日に不慮の事故で子は死者の国へと旅立ってしまった。子を失い悲しみに暮れ絶望に身を焦がし、我さ迷ううちに何時の間にか辿り着いた生家で見た風景は、夫と子供に囲まれて幸せそうに笑顔を浮かべる女の姿…妹。それは遥か昔、思い描いていた自分の姿だったのだ。 『何故私ばかりが…』 　深い悲しみは魔に取り込まれやすい。強い憎しみは人を魔へと変える。 「だけど、そうならなかったのはあなたの心が強かったからだ」 　ヒミコの見つめる先に封じられている女の顔は芯の強いものの顔。しかし悲痛に歪められたその顔にヒミコは瞳に涙を浮かべた。 　魔族になるなど、自分の想いが許せなかった。人の心を失いたくなかった。 　それゆえに女は魔族になる前に自分を封印した。しかし強い妖かしの能力を持っていたために残された思念が夢風を作り出してしまったのだ。 　その『霧』の力はあまりにも強大だった。 　同じように子を失った母親がこの霧に…彼女の想いに触れたために悲しみを増大させ魔界へと身を落とす事引き金となってしまったのだ。 『自分だけが…』 　自分と同じ苦しみを『母親』に与えるために。 　その想いが同じように子をもつ母親に向けられてしまったのは悲しいことだ。 　悲劇は更なる悲劇を生み、魔界へ落ちる女を増やし、その心を肥しにして霧はさらなる力を得て大きくなっていった。 　女の名は『ヤエ』。妖かしを操ることの出来る一族『妖部』の娘…。 「そう…あなたがオババの姉上だったの…」 　彼女はまだオババを怨んでいるのだろうか…。 「でも、オババは貴方を想ってる…だって、その子供の名前は…母上の名前は『ヤエ』だもの」 　ヒミコはそっと指先をその水晶の柱に伸ばした。 「その悲しみは、まだ癒えることはないの…？」 　小さな問いかけに答えてくれる者はいない。なんて悲しいことなのだろう。 　涙が一粒零れ落ちた。