「くっ！」 　奥に進むにつれて立ち込めるのは『迷いの夢風』と魔界の瘴気。普通の人間ならあっというまに死に至る。それは神の者とて例外ではない。しかしヒミコは、その体に流れる『忍』と『妖』の血は汚れを払う力を持っている。 「皆…大丈夫かな…」 　魔の力をその身にもつ虎王と、過去魔界に落ちた時に天馬御雷丸の血を飲んで魔界へと渡ったことのあるワタルは別として、翔龍子や海火子、それにタケルは生っ粋の神の者。もしこの中にいたとしたらいくら強い結界能力を有していたとしても限界がある。 　それにしても、あの狭い空間で一気に五人の能力者が消えたのだ、しかも気付かないうちに…。この先もきっとただでは済まないだろう。 　そして未だに時々聞こえて来る歌声。 　ヒミコは首から下がるペンダントをぎゅっと握り締めた。 『迷いの夢風』 　それはただの霧にしか見えない。しかし心に迷いの持つもが吹かれてしまえば迷い込んだが最後、永遠に時の狭間に囚われるか、そこに住む鬼女に食い尽くされてしまう。入ることは出来ても抜け出ることはできない迷宮。 　それは遠い昔、誰かが作ったお伽話し。悪戯好きな子供達を大人しくさせるために創られたお話。そのはずであったが…。それは現実の物であるのだというのは、虎王と、そしてタケルが証明してくれた。二人はその夢風の中で出会ったのだから。 「鬼女…子を亡くした母親が悲しみのあまり魔に身を染めた姿、か…」 　その鬼女は虎王たちと接触した時に『人』に戻ったと聞いた。その筈なのになぜ未だに吹き続けているのだろうか。極秘の任を受けた時に感じた疑問。そして今でははっきりと聞こえてくる歌声。 　あれは『ねむのお山の子守唄』…。 　鬼女、迷いの夢風、ねむのお山の子守唄。 　これがキーワードになっているのは分ったが、まだ解決の糸口は見付からない。 「そう言えば、オババが子供の頃はなかったって言ってたな」 　とはいえ、神の世界に住む住人しかも一族の長であるならばそれはもう数百年の昔のことを意味する。 　遥か昔は夢風は吹いていなかったという。 　それなら何時から吹き始めたのだろうか？