『ねんねやねんね…』 　何だろう… 　先ほどから聞こえてくる歌声。 　皆には聞こえないその声は、ヒミコしか聞こえていなくて。 　淋しそうなその女の声がとても気になる。 「はっくしゅん！」 「ヒミコ、大丈夫か？」 　虎王は自分の付けていたマントに手を伸ばした。 「大丈夫だよ、トラ。寒いわけじゃないから」 　しかし背筋が凍るような感覚にヒミコは知らず知らずのうちに顔を強ばらせている。 「ヒミコ…？」 　虎王が訝しげにヒミコに手を伸ばした時。 「なんだ、この霧は…」 　最初は気付かなかった霧は足元を白く覆ってゆく。 「何か変だよ、これっ…！」 　突然現れた霧。しかしだんだん濃くなってゆき視界を真っ白に覆ってゆく。まるで母親に抱かれているような優しい感覚。しかし戦士として培った感覚が危険信号を発している。 「これは…迷いの夢風！何故こんな所で…！？」 　一度体験した記憶が虎王とタケルの中で鮮やかに蘇る。 　この霧の発生する条件は、『山』に『森』と『心に迷いを持つ者』の三つ。 　人なら誰しも『心に迷いを持つ』。しかし他二つは今は当てはまらない。 「これ以上進むのは危険だ。ここを離れるぞ！」 　この中で一番年長のタケルがそう言ったとたんに一気に霧が深くなった。 「皆、大丈夫か！？」 　あちらこちらで声が上がってゆくが、反響して何処に居るのかが特定できない。 「うあ〜、何も…見えないよ…」 　あまりの状況にヒミコは慌てるよりも逆に冷静になって状況判断をする。 　今は自分の体全体すら見えないほどの視界ゆえに、下手に動けばこちらが傷つきかねない。 　どうしたものかと頭をひねり、そして閃いて、懐のポーチに手を伸ばした瞬間。 　突然ふっと暗くなり、そして再び明るくなった時には霧は消え失せ、その空間にいたのはヒミコ一人だけで、あとの５人の姿形は消えていた。 「なんで…どうして…？」 　先ほどまで感じていた気配が一気に消えたのだ、焦るなと言う方が無理なのかもしれない。 　ゴゴゴゴ… 「きゃっ！」 　轟音が鳴り、小さな揺れが起きたその瞬間、先ほど歩いてきた空洞が一気に崩れ落ちた。 　パラパラと天井から落ちてくる石を躱しながら揺れが治まるのを待った。 「止んだ…」 　焦りは隙を生み、恐怖は動きと判断力を鈍らせる。 　ヒミコは深呼吸を一度すると声を上げた。 「ワタル〜、トラーちゃ〜ん、翔ちゃ〜ん、ヒコちゃ〜ん、タケルさま〜」 　声は反響するだけで自分以外の声を聞く事も、存在を感じることも出来なかった。 「どうしようかな…」 　今来ていた道は塞がれてしまい、いくら力持ちだといってもこの狭い空間では何も出来ない。もし大きな術でも使えばこの空洞が吹っ飛びただでは済まなくなる。 「しょうがない…後ろへ進むことが出来ないなら前へ進むだけだ」 　埃を叩きながら立ち上がると、ヒミコは歩みを進めた。