「あちしも、全然気が付かなかったんだけどね」 　そう前置きをしてヒミコは話し出した。 　別件でこの近くを通り掛かった時には既にこの洞穴ができていたという。この場所は小さい頃よく遊んでいた場所だったが、その時には存在してなくて、感じからして最近できたもののようだった。怪しく思い中へと入ってみたはいいが、不思議な力に阻まれているようで真っ直ぐ進んでいるにもかかわらず再び出入り口に戻ってしまうという。 　そしてそれは子供達にとって格好の遊び場所になっていたのだが、最近魔族が出たとかで立ち入り禁止となり、調査を進めていたがいっこうに成果が上がらずそのまま閉鎖していたらしい。 「でもまた再開するらしくって…多分今行かないともう来れないからさ〜」 　ヒミコはのほほんと答えた。 「そう言や、晶輝龍は？」 　いつもなら来るなと言っても絶対に付いて来るじゃじゃ馬な妹姫が来ないことに虎王は今更ながらに気が付いた。 「あぁ具合が悪いとかで今回は辞退するっておっしゃってたぞ」 　海火子の言葉に虎王は心底驚いた顔を見せた。 「あのお転婆が珍しいな」 「……」 　虎王の発言にワタルと翔龍子が無言になる。 　これはもしかして、女の子の事情というものを端っから頭に入れていないのか…いや、もしかしたら知らないのかもしれない。 「虎王、お前知らないのか？あいつ今…」 「わ〜〜タケル〜！」 　思わず先を進めようとしたタケルの口を二人がかりで塞いだのを虎王がキョトンとした顔で見つめるので、海火子は呆れてため息をこぼし、ヒミコはゲラゲラとお腹をかかえて笑い出した。 「一体…何だってんだよ」 　虎王一人が訳が分からず頭をポリポリ掻いている。 　一同、そんなほのぼのな状態で遥か先まで続く洞穴を下っていった。 「あ、なんだろう」 　暫く進んだ先に空洞らしき部分が見えてきた。 　ヒミコはパタパタと、しかし慎重に気を配りながら足を進める。 　ガキィィィィン。 　鋭い音の発生源はヒミコの目の前を横切り、そのままサイドの壁に突き刺さったモノ。 「矢…？」 　もう一歩進んでいればヒミコの頭部に突き刺ささり即死だっただろう。 　虎王はヒミコの無事を確認すると、その矢に手を伸ばして抜いた。 「魔界の匂いはしない…。だが、何処かで嗅いだことのある匂いだ…」 　一体何時だったか。 　思い出せないのは最近の事ではないからだろう。 「ヒミコ、大丈夫ですか？」 　同じ優しい顔に覗かれて、ヒミコはにっこり笑った。 「だいじょうび、だいじょうび！」 　確かに、常に危険な状態に置かれることの多い忍びの一族にとってこんなのはヘでもない。とくにその頭領とくればそれこそ鬼に金棒。しかし、そうは言っても女の子なのだ。心配しないわけが無い。 「でも、この先何があるか分かりません。先頭は虎王の方が良いのではないのでしょうか…」 「いや」 　翔龍子の意見に、ヒミコは真っ向から否定した。 「嫌って…おい、一歩間違えれば死ぬとこだったんだぞ！？」 　一番後ろを歩いていた海火子が、とうとう切れてヒミコに突っかかってきた。本当はこの探検だって反対だったのだ。しかしそうは言ってもこのメンバーだ、絶対に行くに決まっているし、言い出したらそれを押し通すことも知っていた。だから海火子はこのパーティでは心配だとストッパー代わりに天部界の姫君・晶輝龍の命で付いて来たのだ。 「これはあたしの仕事でもあるの。それにここに皆を連れてきたのはあたしなの。皆はあたしの後を付いてくれば大丈夫なのっ！大丈夫、皆を守ってあげるから」 　一体どう育てばここまで気が強くなるのか。もともと強気で自信満々ではあったが…。いや、原因は分かっている。虎王が天馬・御雷丸と共に旅立ってからだ。一時期止める皆を差し置いて虎王を待ちきれず旅に出たことさえあった。 　それを知っているからこそ虎王は口出せないし、同種である翔龍子ももちろん何も言えない。 「しょうがないよ。ヒミコはヒミコだ」 　一番長く旅をしたことのあるワタルから漏れた言葉に、海火子は深いため息を吐いた。 「はぁ…」 　側にいたタケルに肩をポンと叩かれる。 「お前も苦労するな」 　タケルの同情が身に染みた。 　先ほどのような危険が再び無くは無いので、今度は慎重に足場や天井、壁等を確認しながら進んでいく。 「でもおかしいな…。前来た時こんな仕掛けはなかったはずだけど…」 「ガキどもがなんかやらかしていったんじゃないのか？最近悪ガキ多いから…」 　ヒミコがポソリと呟いた言葉に、すぐ後ろについていた虎王はすかさず突っ込みを入れてきた。 　近頃の創界山の子供達は、わんぱくな輩が多い。 　前回、ちょうど虎王たちが滞在していた時に聖龍殿へ見学に来ていた麓の学校の生徒が宝物殿へ入りこみ、天部界は大龍皇帝から賜った壷を割られたことがあった。 「ほんと、その辺は現生界とたいして変わらないよね」 　神も人間も。 　生きているものはどこも大差ないのだと改めて確認するとともにワタルは笑顔をこぼした。 「でも、なんか変な感じ…」 　今までとは違うことが身に降りかかろうとしている。 　ヒミコの中で不安な感覚が渦巻いていた。 　ねんねやねんね…何故泣くの… 　突然立ち止まったヒミコに、周りを確認しながら歩いていた虎王がぶつかった。 「おいヒミコ、突然止まるな」 「ねぇ…なんか歌聞こえない？」 「はぁ？」 　虎王は耳を澄ました。 「どうした？」 　立ち止まってしまった二人の後ろに続いていたタケルが怪訝な顔をして覗き込む。 「いや、何も聞こえないが…」 「何だろう…聞いたことのある唄…あっ消えた」 　虎王はその神の世界には異質な存在ゆえにすべての能力が凌駕している。その虎王が聞き取ることの出来ない『歌声』。 「タケル…何か聞こえたか？」 「いや、何も…」 　後ろに続いているワタル達も聞こえていないようで首を振っている。 　ここにいるのは選りすぐりの戦士たち。その彼らには何も聞こえていない。 　幻聴かな…とヒミコは気を取り直して再び歩みを進めた。