1967年春 ――――――





「アキコー」
「は〜い」
　母親の呼ぶ声に元気よく部屋から飛び出して来たのは今回の主人公・戦部アキコ。この春小学四年生になったばかりの元気な女の子だ。
「何〜？」
　階下へ行けばそこには知らない、でもとても奇麗な女性が母親の隣りに立っていた。
「これがうちの下の娘のアキコです。アキコ、こちらは龍那さん。この間言ったように今日から１年間うちに住むことになった方よ」
　そう言えばホームステイに来るようなことをこの間言ってたなと今更ながらに思い出した。外人だと思っていたが、漆黒のストレート美人だとは思いもしなかった。
「よろしくお願いします」
　そう言って龍那と呼ばれた女性は真っ白な奇麗な手を差し伸べてきた。
　あまりにも奇麗な人なのでアキコはボーっと見とれていた為に反応が少し遅れながらも、気づいて慌てて手を差し出した。
「えっぁぁ、よろしくお願いします」
「あら、いつもの元気は何処言っちゃったのかしら？」
「やだ、やめてよお母さん！」
　おどけたように言う母・スギノの言葉に顔を真っ赤にしながらアキコは反論する。
　本当にこんなに奇麗な人は存在するのだろうかと思うほど、その存在事態が不思議で、そしてとても神秘的で神々しく感じた。
　こんな人は初めてだ。
「あっ、龍那来たんだ」
　すでに見知っているようで姉のトキコが部屋から顔をだしざま声をかけてきた。
「クラス私と一緒だそうよ」
「じゃあ色々お世話になりますね」
　笑った顔もすごく奇麗で、まるで雑誌から飛び出してきたモデルのようだった。
　くすくすと話しながら居間に向かう二人の少し後ろをついていきながら、アキコは感歎のため息をもらした。

　彼女がどういう人間か。そして、なぜ家に滞在することになったのかアキコにはこの時まだ知らされていなかった。
　それに疑問を持つようになったのは数週間後、家族で出かけた旅行の時の事だった。








「見えてきたよ〜」
　窓から顔をだして、アキコは声を上げる。
　前方を見れば目的地の旅館が見えてきた。
　いつも忙しい父親がお休みを取れたと言うことで、家族総出で温泉旅行へ行くことになった。
「アキコ〜、少しは大人しくしたら？」
　トキコが呆れた顔して言うが、それでも嬉しくて嬉しくて、そのはしゃぎようは誰にも止められない。
「アキコ。危ないから顔は出すんじゃないぞ」
「はーい」
　父親のサトルに言われて素直に顔を引っ込めた。
「なんで私の言うこと聞けなくて父さんだと聞くのよ〜」
　ぶーぶートキコが文句を言うが、アキコはべーっと舌を出した。
「温泉て身体に良いんですよね。楽しみ」
「ね〜」
　きゃっきゃと騒ぐ二人にトキコは大袈裟にため息を吐いた。
　そのやり取りを聞いていた両親が笑い出す。
　和やかな車内から漏れ出る声は静かな山奥に消えて行った。

「すごい…」
　聖殿に比べれば遥かに小さい、そして戦部の家の感じともまた違う、でも歴史的情緒のあるその旅館の門から覗く家屋に、龍那はため息を漏らした。
　見るのも初めてなのだろう、庭にあるししおどしの存在が気になるようで側に近寄るがカコーンと音がしたとたんびっくりして駆けてきた。それを何度も繰り返す。
　テレビも知らない、ラジオも知らない、料理もしらない。
　最初テレビを見たときの龍那の反応も面白かったが、今の龍那の行動もアキコにはおかしくてたまらない。
　知らないことだらけの龍那。
　そして疑問。
　一体どんな家庭で育ったんだ？
「龍那〜行くよ〜」
　トキコの言葉に自分を待っている皆に気づいたらしい、龍那は慌てて駆けてきた。
「ごめんなさい」
　部屋までに案内される間、トキコは先ほどのししおどしについて龍那に説明していた。
　部屋につくと、まずは第一回目の温泉に入ろうと言うことになった。
　露天もあるということで、アキコは龍那を連れて早速外へと向かう。
「こっちこっち〜」
「外…行くの…？」
「大丈夫、外には囲いがあるから。こういうとこって外から見えないようになってるから大丈夫だよ」
　異様に恥ずかしがる龍那をアキコは説得して外へと連れて行く。
　人と一緒に入ること自体始めての龍那は緊張と恥ずかしさに襲われながらもやっぱり興味があるのか、小さなアキコの後に隠れながらついて行く。

「あれ？」
「なぁに？」
　温泉に浸かって暫く立った頃だった。
「さっきまで、なかった…よね…？」
　龍那の首筋に痣のようなものがあった。
「どっかぶつけたの？いたい？」
　まるで自分が傷ついたように心配するアキコに龍那は笑みをこぼした。
「ちがうの。身体が熱くなったりすると浮かび上がってくるのよ」
　生まれつきだから気にしないでと龍那は言うがアキコは何故かそれが気になってしまう。
　しかし、龍那の言ったとおりお風呂を出て暫くすればその痣は消えていた。



　その夜、事件は起こった。

「キャ ――――――！」
　何処かから聞こえた女性の悲鳴。
　夢の中から引きずられるようにしてアキコは目を覚ましたがそれでも半分寝ぼけ眼。反対に両親にトキコ、そして龍那が過剰に反応し、トキコと龍那が部屋から飛び出していった。
「な…に…？」
「大丈夫よ。さぁ夢の続きを見ましょうね」
　半分寝ている状態のアキコには理解できず、母の優しい言葉に再び夢の中へと引きずられていった。

　次の朝、廊下を歩く人の気配が多くて、覗けば二つ隣の部屋に人が集まっていた。やけに騒がしくて近づけば警察が数名出入りしていた。
　人が入り口に立ちふさがっていて中の状況は分らないがそれでも、血臭が辺りに立ち込めていた。
「だれか…死んだのかな…」
「…！」
「あれ、龍那…？」
　ぽつりと、思わず呟いてしまった言葉に、しかしいつのまにか後ろに立っていた龍那はきつい眼差しを向けていて何も答えることはなかった。



「私、やります」
「でももう時間が無いよ？」
「それでも…このままにしてはおけないわ」
　龍那とトキコの問答がかなり離れたここまで聞こえてきた。
　どうしたのだろうと、アキコは声を掛けようと近くまで来たが、あまりの厳しい表情に声を掛ける事が出来ずそのまま壁に隠れてしまった。
「奴等が関わっている以上、この世界の人には荷が重過ぎます」
「たしかにこっちの人間じゃ…あいつら相手に歯が立たないけど…」
　龍那が一度決めた事はたとえ何があろうと翻す事は出来ないことを長い付き合いで知っていた。
　だからため息一つ零した後にトキコは言った。
「分かった、私がサポートに入るよ」
　母さんに相談しましょうというトキコの言葉を最後に二人は部屋へと戻って行った。
「何をする気なんだろう…」
　その時はちょっとした好奇心にかられ、アキコは二人を気づかれないように遠くから見張っていた。
　二人が行動を起こしたのは夕暮れ時。
　奇麗な夕焼けが山の緑を染めていた。
　二人に気づかれないよう離れた草むらの木の影に隠れてアキコは様子を眺める。
　二人の側に近寄ってきたのは一人の男。
　まるで彼を待っていたかのような二人に知り合いかなとアキコは首をかしげた。
　しかし次の瞬間、男の身体が急に膨れ上がったかと思うと、まるで風船に針を刺したように割れて黒い霧のようなものを発した。
「なに…あれ…」
　呆然として見ている中、印を結んで呪文を唱える龍那を守りながらトキコは小刀を媒体にして攻撃を仕掛けていた。
　暫くそれが続いていたが龍那の声が大きく響いたとたんに強烈な光が辺りを包む。
「…！」
　光が強すぎてアキコは見ていられず腕を交差させて目を光から守った。それほどの強い光だった。


　小さい頃から母やトキコの『力』は見てきたけれど。
　初めて見た、強力な力…。
　そして異形と化した人間…。
　トキコと何よりも龍那のその力に圧倒て腰が抜けて立てない。

　まばゆい光の後に残ったのは奇麗な蛍火とその光にうつる悲しそうな二人の姿。
「戻ろうか…」
「うん…」


　歩き出した二人に慌てて力の入らない足に気合いを入れてがんばって立たせてアキコは部屋へと急いで戻った。
　興奮と驚きと、そして恐怖に。
　帰り道、母親に無理を言って我を通すように助手席に座ったのは二人の顔を見ていたくなかったから。
　行きとは打って変わってただならぬ雰囲気が立ち込め、殆ど会話が行われることはなく、場を盛り上げようと話続けるスギノの声だけが車内に響いた。



To Be Continued