SEED QUEST〜Fields of hope 4〜
「先生！お久しぶりです！！」
帰ってきたヒュンケルに、シンはすかさず前に回ると頭を下げた。
剣の道に進んだシンは一時ヒュンケルの下で学んでいた。久しぶりの先生との再会にシンの頬が高揚する。
皿を運んできたアスランはその場面に遭遇し、シンの年相応の顔に羨ましく思うのだった。
「さぁできたぞ〜！」
テーブルに所狭しと並ぶ料理からあがる湯気と漂う匂いに四人のお腹が鳴った。
その音にポップは笑いながらワインをヒュンケルに手渡し、難なくコルクを抜くと四人分のグラスに注いでいった。
グラスの中でたゆたう深紅にステラの瞳が輝いた。
「ステラも飲みたい！」
シンも心なしか飲みたそうな顔をして大人たちを伺っている。
オーブでは酒や煙草は18歳で解禁となる。しかしシンとステラはまだ14歳だ。飲めるまで後４年は待たなければならない。
「だ〜め。体に良くないからね。18になってから美味しいのご馳走して上げるから」
「お前等はこっちな」
最初はふてくされた顔をしていたステラだったが、ポップが子供用にとブドウジュースを注ぐと、見た目だけは皆と一緒なのに満足して、乾杯と共にステラは大人気分にシンのグラスとカチリと鳴らすと一口含んだ。
「おいしい♪」
早速と伸ばされた、ポップの腕によりをかけた料理に四人は舌包み。
「おいしい…！」
「まだあるからな。遠慮なく食えよ」
薬草など調合を得意とするポップの、緻密な分量を必要とするお菓子をあれだけおいしく作り上げることができるのだ、腕前はわかっていたが料理も納得の味に食が進む。
ポップが甲斐甲斐しくそれぞれの皿へ分けていくのでそのペースも早い。
「お前と飲める日が来るとは思わなかった」
「僕強いですよ」
挑むような強い瞳にヒュンケルは無くなったキラのグラスにワインを注いだ。
飲み慣れていないアスランと比べキラは次々とグラスを空けていく。ペースはヒュンケルと大差ない。
「キラはザルだからねぇ。アスランは…」
まだ一杯も煽ってないのに顔が真っ赤だ。
「無理して飲む必要はないけど少しは鍛えろよ」
「はい…」
将来王族に入る身だ。他国を回った先で王が下戸では体裁が悪い。
ちなみにカガリはキラと双子なだけあり酒豪だ。
さすがに育ち盛りが三人もいると、テーブルいっぱいに広がる皿はものの見事に綺麗になってゆく。
「ホント期待裏ぎらねぇな！こいつあんまり食べねぇから腕振りようがなくてさぁ」
ヒュンケルの皿にはまだ最初に取った肉一切れが半分ほど残っている。酒はかなり飲んでいるが、料理の減りは遅い。
「しょうがないよ、ヒュンケルはおじいちゃんだもんねぇ」
「そうだな、いつまでもお子様なお前にはかなわんな」
キラの嫌みもさらりと交わし、一言追加も忘れない。
「お前の負けだ」
ポップのツッコミで皆が吹き出す。
何かに付けヒュンケルに挑むのは、男として越えたいという憧れの裏返しからで。それがわかっているからアスランは止めることはしない。でもさすがに目が潤んできているキラに、そろそろ止めないとまずいだろうと見計らっていると。
「そろそろやめとけ」
タイミング良くポップから制止の声がかかり、アスランはほっと息を吐いた。弟子の性格をよくわかっている。
ワインを取り上げて片づけ始めたポップに、お子さまたちに手伝わせアスランがお目付役としてついていった。
居間に残されたのは、ソファーに横になるキラと剣の手入れをするヒュンケルの二人。
「今度は負けませんから」
「そうだな…」
ケロリとしているヒュンケルだったが、少しだけ寂しそうな顔をしたことに気づいたキラは瞳を伏せた。
風呂に入るに当たって一騒動が起こったことも追記しよう。
「ステラも一緒にはいる！」
脱ぎだしたステラにストップをかけるのはもちろんキラ。
「だめーーーステラ！」
大和屋ではいつも大勢で風呂に入る。もちろん男女別だが。一人で入るのは寂しいのも分かるが、かと言って一緒に入るわけにもいかない。
「どうした？…何だお前等まだ入ってなかったのか？」
「ステラ、いい子だから」
必死になだめるキラだがこうなったステラはなかなか機嫌が良くならない。
「ポップと入るからいいもん！」
半泣きでポップの腕にしがみついたステラに、キラは一瞬考えて宣った。
「師匠ならま、いっか」
「ええ！？」
アスランとシンがキラの衝撃的な台詞に驚愕したのは言うまでもない。
火照りを冷ますためにアスランは一人ベランダへ出た。オーブは地上の明かりが強すぎて空の星があまり見えないが、ここは人里離れた森の中、空気も澄んでいるから満天の星空が見渡せた。
「カガリに見せてやりたいな…」
いつか一緒に見れたら。そう思うが…
沈みそうになる思考を慰めてくれるかのように優しく風が頬撫でる。
ここは入ったときにも優しい空気を感じた。不思議と心が安まり自分の悩みなど些細なことのように感じて癒される。
キラの師匠であるポップは気さくで豊富な知識と巧みな話術で飽きさせない。真理を見つめる瞳は闇のように深く、見透かされているようで居心地悪いが、不思議と嫌悪は感じない。
魔剣士として名高いヒュンケルは、話こそは少ないが、ポップに対するさりげなくも深い愛が目に見えてわかる。
安心感からだろうか。キラは目に見えて素に戻っていつも以上に饒舌だし、人見知りの激しいステラでさえ平気だ。
それだけで優しい人たちなのだと分かる。
「綺麗だろ〜。久しぶりなんだぜこの星空。ここしばらく雨だったんだ」
気配を感じさせず、しかし穏やかに話しかけてくるポップに驚きながらも、彼の見上げる姿に自分もつられて夜空を眺める。
「地上は姿形を変えても星は変わらない。人なんてちっぽけな存在なんだと気づかされる」
この人はそれだけ長い時を生きてきたのだ。
「こいつらも心配してる。お前も好かれてるんだな」
周りで舞っていると言われてアスランは目を凝らすがそれらしいものは全く見あたらない。
「そっか、今のお前にゃ見えないか」
パチンとポップが指を鳴らすと、景色はそのままに今まで見えていなかった無数の小さな光が浮かび上がり、楽しそうに囁きながらアスランの周りをくるくる回る。
「精霊…？」
「世界はここ一つじゃない。お前等が行った魔界もその一つだ。そしてこの世界でもこうして命は存在している」
ポップが掌を上に向けると精霊たちが集う。
「精霊は今の人間には見ることはできない。でも側にいて皆を守ってくれているんだぜ」
遙か昔には人もその姿を見ることができて共存していた。しかしいつしか人は別の道を歩み始め、小さな存在を忘れていった。
「お前は竜の血を継いでるからな」
「竜の血…？」
「そう。ザラ家が特別なのはその為だ」
勇者が生まれるのはザラ家のみ。しかしその事実は案外知られていない。人との交わりにより薄れていく竜の血は、平和の世では眠りつき、戦いの時代にのみ発揮される。
「薄々、気づいていました…」
自分が人とは異なる事を。
額に輝く紋章が人と境界を引く。しかもアスランは神々の力も受け継ぐ。その力は歴代の比ではない。
秘密理に動く城の者たちに気づいていた。アスランを迎えることに賛成派と反対派に分かれていることも。差し向けられる暗殺者は日増しに増え、だが他に被害無くアスランのみに向けられた為キラも気いてない。
眠れぬ夜が続いていた。人は異質な強大な力の前では敬いながらも畏怖にかられる。
生きている意味、自分の進むべき道がわからなくなる。目の前はぽっかり穴が空いていて、未来は閉ざされたままだ。
「お前は優しすぎるんだ。もう少しわがままに生きても罰は当たらないよ」
差し向けられた刺客にさえ優しさを向けるアスランに戦意喪失した者も少なくない。
しかし優しすぎてもいけないのだ。
母を失い凍り付いた心は友情に包まれゆっくりと溶かされていったが、必要な時期に親の愛情を得られなかった子供が一人世界に放り出されたのだ。幼い心は大人に成らざるをえない状況と世界を救う勇者という重圧に押しつぶされる所を無意識の防衛本能で殻を被って守っていただけにすぎない。
似た境遇にありながらシンと違うのはそこにある。だからまだ子供でいられるシンを羨ましく思うのだ。
「人なら悩んで当たり前なんだ」
例え竜の血を継いでいても。神々の力を持っていたとしても。
「お前は人間だ。この地上で生きて行かなきゃいけない」
今まで勇者としての使命を果たす為に生きてきたアスランには難しいかもしれないけれど。
「これからゆっくり進んでいけばいい。お前が傷つき苦しむことで心を痛める人がいることを忘れちゃいけない。決して一人じゃないんだ」
いっぱい悩んで、挫けたっていい。逃げたっていい。最後に一歩を踏み出す勇気があれば。
友が、仲間が。そして誰よりも愛しき人が、その先でお前を待っているよと。
ポップの手が頭を撫でる。瞳に揺れていた涙がこぼれ落ちた。
「うっ…」
抱きしめられて、暖かな腕にたがが外れたように涙が溢れて止まらない。
まるで遠い昔失ってしまった母の腕に似ている。
「今は思いっきり泣きな」
涙は心の浄化作用があるから、泣けるうちはまだ大丈夫だと。
だから今だけは…。
「師匠…」
寝室から出てきたポップを待ちかまえたキラが深々と頭を下げた。
「ありがとうございました」
頭をポンポンとたたいた。
「お前はよくやったよ」
実際ポップの協力無く魔王を倒したのは彼らだけだ。先代勇者のパトリックでさえ、ポップの協力は必要不可欠だった。
「お前が俺の“息子”で誇りに思うぜ」
目に熱いものがこみ上げる。
彼の背負う過酷な運命に少しでも手助けできればと。
アスランを守るために。それだけを思ってキラは過酷な訓練に耐えてきた。しかし友達だからこそ踏み込めない場所も存在する。
「皆がお前みたいなら世界も平和なのにな…」
「師匠…」
ポップの言葉はまた何かが起こることを予兆しているようで。キラは拳を握った。
「つき合え」
どこに隠し持っていたのか。取り出した酒と杯に、キラは元気よく返事を返した。
「はい！」
それは最後の晩餐。
_____________________________________________ __ _
シリアスにきましたが、次4.5はギャグ（笑）
20071119
|