SEED QUEST〜Fields of hope 2〜
それは戦いも終わり平和になって半年ほど経った頃のこと。
世界を平和に導いた勇者はどうしているのかと言うと、旅を始める前と同じように大和屋で番頭を勤めていた。
以前と一つだけ違っていたのは浮かべる笑みだけ。
少しだけ色彩を失ってしまったかのように寂しそうなそれはほんの僅かなことで、他の人は気づいていない様だけれど、キラやカリダ、そして子供達は彼のことを知るからこそ、すぐにわかったのだ。
あれだけ大きな戦いだったのだ、気が抜けて当然だろう。
しかしそれだけではないと思っていたのはキラだけではなかったようで。双子の姉も、裏で何やら動いているようである。
「カガリ、入るよ」
コンコンと、扉を２回ノックして、キラはこの城の姫君の執務室へ入った。
「遅かったな、キラ」
キラと実質血の繋がった双子の姉は、キラが来るのを待ちわびていたように、デスクの上には書類の代わりに注がれたばかりの暖かな湯気を上らせるミルクティが、辺りに甘い芳香を広げていた。
書類を届ける名目のアスラン近況報告は、三日に一度は行われる。
アスランに早々逢うことが叶わぬカガリには毎日でも聞きたい所だろうが、あいにくキラも暇ではない。これでも魔法使いを束ねる三大魔道士の一人だ、協会へ戻ればやらなければならないことは山積みなのだ。
「そっか…変わりない、か…」
「うん…」
コクンと一口含むとミルクの甘さが口の中に広がった。
本当はアスランには早めに登城してもらいたいと上の人間の思惑があるようだが、今のところキラとカガリでぴしゃりと押さえている。
アスランが本調子でないのが一番の原因。そしてそれを本人が分かっていないから質が悪い。
「ホントもう、真面目で頑固なんだから」
ぷうっと膨れるキラにカガリが吹き出した。
戦いの後、労いの言葉とともに戦士たちに与えられた休息。しかしアスランは律儀にも次の日から旅に出るまでやっていた大和屋の番頭の仕事をし始めた。カリダやキラがどんなに諭しても、彼は休もうとしないのだ。
「仕方ないさ。自分の存在理由が薄れてるんだ…」
カガリの言葉にキラはカップを置くと深くため息をついた。
亡き親友の忘れ形見を暖かく迎え入れてくれたヤマト家、慕ってくれる町の人々。
でもそれは自分が勇者だったからだとアスランは思いこんでいる。
町の人々はアスランだから好いているのに。
期待を一身に背負い、見事勝利を掴んだはいいが、目標を失った人は…脆い。
時間が解決してくれると言葉にするのは簡単だが、その時間もあまり残されていないのも事実。
カガリの成人の儀とともに伴侶を国内外へ発表しなければならない。それまでに覚えてもらわなければならない事が山ほどあるのだ。
器用で頭脳明晰なアスランなら半年あれば十分だろうとキラは思っている。しかしそれまででも猶予は半年しかないのだ。
「いや、半年あれば十分だ」
「カガリ？」
半年かかっても変わらなかった。早々戻るとは思えない。
でもカガリは信じているのだ。もとのアスランに戻ってくれることを。
９年前の惨劇後、アスランが笑顔を見せてくれるようになるまで３年かかった。それから６年、今再び同じ道を進むのか…？
「また旅に出ればいい」
「カガリ？」
なぜここでそんな話になるのだろうとキラは首を傾げた。
あの戦いの最中、カガリはアスランを庇って命を落とした。しかし神の温情があったからこそ、彼女はこうして生きていられる。
「あの死を迎えた瞬間、太陽神はおっしゃった。勇者の存在は尊い。でもそれと同時に平和な世には忌むべき存在なのだと」
勇者は何処にも属さない。人であり魔であり、大地に座す神でもあるのだと。
戦いの象徴でもある勇者をカガリの婿に迎えることに疑問視する者もいる。
「人であるのに、受け入れられないとは悲しいことだ…」
しかし無碍にもできない。何故なら彼らは勇者としてのアスランしか知らないのだから。
まずはアスランを知ってもらうことから始めなければならない。
「認めてもらうってことはそう言うことだ」
カガリの言葉にキラは思い出した。
６年前の12歳、キラは最年少にして三大魔道士の地位に就いた。魔物の徘徊により人々の生活が脅かされている現在、キラを讃えながらも強大な魔力の前に人々は畏怖を抱いた。就任当時はえらく騒がれたのだ。いい意味でも悪い意味でも。
しかしキラは仲間の協力と自身の力で乗り切った。
自分を知り、相手を知ることで。
「町の人たちや大和屋のお得意さんが、アスランがどんなに優しくて誠実なのか知っているのは、アスランを見て、話しを交わしているからだ」
絶えず優しい笑みを浮かべ、困った人に手を差し伸べる。
「そんなアスランだから…」
顔を少しだけ染めた顔は弟の贔屓目無しに可愛いと思う。しかし想う相手が親友と言うのはちょっとおもしろくなかったりする。
「私は動けんからな」
カガリは城を抜け出して大戦に身を投じた事でそれ以降警備が厳しくそう簡単に抜け出すことができなくなってしまった。城下に出るのもままなら無い状態にこうしてキラが参内している訳だが。
城内の徹底した警備が外敵から守るためではなく、姫君一人監視するためとはおかしな話だ。でもそれだけ心配させたのも分かるから、しばらく大人しくしているのだと。
もしこれで一度死んでるなんて白状したらそれこそ一生城から出してもらえないだろう。
カガリは苦笑しながら引き出しから一枚の書状を取り出しキラに渡した。
「これは…！」
開いて目を通せば、その内容にキラは目を見張った。
「あの方々を知る者とコンタクトがとれた。キサカやアークエンジェル、イザークに頼んで５ヶ月も掛かったがな」
アスランの進むべき未来への標となるだろう。
「私の旦那になるんだ。いつまでも腑抜けられてると困るんだ！」
カガリの精一杯の強がり。
アスランには早く立ち直ってもらわないとね。張り合いがなくなる。
「うん、そうだね…母さんにお願いして、お使いにでもいってくるよ」
「頼むな」
こうして、姉弟の密約は交わされたのだった。
* * * * * *
「じぁ頼むわね、アスランくん。キラ、ちゃんとアスランくんの言うこと聞くのよ？」
「母さん…僕を一体幾つだと思ってるの！？」
まぁまぁと、アスランに宥められつつ、カリダによって送り出されたのはキラとアスラン、そしてキラの“娘”−−魔力保持者で特殊ケースで師弟となった場合は義親子の関係を結ぶ−−のステラ、彼女が行くならとシンがついてきて計４人で旅に出ることになった。
とは言え、行き先はすでにキラが行ったことのある場所なのでルーラでひとっ飛びだ。
キラ一人で行かせれば良いのだが、何分他に手を出し余計な物を買って遅くなるのが見え見えなので、アスランがお目付け役としてつけられた。
魔法を使えば目的地まで一瞬だ。
しかし。
「おい、キラ？」
どう考えてもおかしい。町など見あたらない。
「こっちこっち」
ガサゴソと入った草むらに、キラは召還した杖で地面を３回叩いた。いきなり地面が揺れだし、割れた地面から石碑が突き出す。
「すご〜い！」
拍手しながら楽しんでいるステラに、心なしか瞳を輝かせるシン。アスランは唖然としながらキラを見つめた。
買い物に来たはずなのに一体何なんだ？
アスランの疑問を打ち破るのは、キラから投げられた筒。中を見ろと促されて開いてみれば。
「キラ…これって…」
偉大なる大魔道士と地上最強の魔剣士の居場所を示す地図。続く道の所々に書かれているのは、暗号だろうか。
アスランにはさっぱり分からない。
「師匠らしいよね。まったく、面白いこと大好きなんだから！」
言いながらキラは次々トラップを解除していく。浮かべた笑みは明らかに怒っているそれで、アスランとシンは恐怖に身を竦めた。
「キラ〜ファイト〜！」
無邪気に応援できるステラが羨ましい。
無言のままついていくこと半刻、目の前に立ちふさがった巨大な扉。ただし扉のみ。あるはずの壁さえ無く、ただ存在していた。
「よし、これでラスト！」
炎と氷から生み出されるのは消滅呪文のメドローア。キラの怒りに助長して強大なそれは、扉を派手にぶっ壊した。瞬間歪むように現れたレーベの道にキラは迷いなく踏み込んだ。
「行っちゃいましたね…」
「あぁ…」
さわらぬ神に祟り無しとはよく言ったものだ。
「行こう、シン♪」
ステラににっこり微笑まれて手を引かれたシンがつられて笑顔を見せながらレーベの中へ消えていく。
相変わらずステラに弱いシンに、思わず苦笑を漏らしたアスランだったが、頬を撫でるように駆け抜けていった風に目を見張った。
「？」
キラに意識が行ってた為、今更ながらに気づいたアスランはぐるりと周囲を見渡した。
どこにでもある森だ。しかし空気が優しい。まるで包み込んでくれているように。
何故だろう、久しぶり周りを見る余裕を持てた気がする。
この道の先にキラの師匠であり偉大な大魔道士がいるのだろう。しかし何故か緊張感が無い。むしろワクワクドキドキするのだ。
逸る心に吊られて足取りも軽く、アスランはレーベの道に身を踊らせた。
「ここは…？」
目の前に広がる地は緑が生い茂り風化して所々に村だった面影を残すのみだ。しかし廃墟に付きまとう薄暗い気は感じない。先ほど感じた優しい空気をここでも感じる事にアスランは不思議に思いながら背を向けたままのキラに声をかけた。
「ランカークスだよ」
大昔に地図から消えた小さな村。大魔道士ポップの生まれ育った場所。
「やっと来たな〜」
背後から聞こえた陽気な声に四人は振り返った。
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20071019
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