SEED QUEST〜Fields of hope〜
久しぶりに晴れ渡った空。溜まった洗濯物を干し終わり、パンパンと手を叩いた。
風になびくそれらに、シーツが多いのはご愛敬。
「相変わらずお盛んだねぇ〜」
からかう声にポップは顔を真っ赤に染めあげ、思わず振り向いた。
「よ！」
いつも唐突に現れる赤髪蒼眼のナイスバディ。
彼女の名前はフォルテ。月の女神の祝福を受けし凄腕の魔物ハンターだ。
人里離れた深い森の奥、人界から隔絶するようにひっそり暮らすポップ達に、彼女は時折訪れては俗世の情報を提供してくれる。
前回来たのは半年ほど前、勇者アスランが魔王シャブラニグドゥを倒し世界を平和に導いたとの吉報を持ってきた。
『息子』は最後まで己の信念を貫いたのだ。師として誇りに思う。
「やっぱポップの入れる茶は美味いねぇ」
カップを持つ女性らしい細く長い指先は、しかし重火器さえ難なく扱う剛胆さも兼ね備えている。情けないことに、ポップよりも力持ちなのだから笑えない。
出したハーブティーはポップ自ら裏庭で育てたものだ。ここでは自給自足が基本。食卓に並ぶ野菜はすべて裏庭に作った菜園で賄っている。川には魚がいるし、森にはキノコや果実、獣がいれば狩りもできる。
「煽てたって何も出ねぇぞ」
茶受けとして出したクッキーは、これまたポップの手作り。野菜を隠し味に甘さ控えめなそれを一度食べたら、止められ止まらない〜とどこかで聞いたことのあるフレーズが頭に浮かぶだろう。
隠居暮らしは時間に左右されないので、ぶっちゃけ暇なのだ。
ポップは自分のカップにも同じ物を注ぎ、対面に腰を下ろした。
世界を旅するフォルテの情報ほど信用できるものはない。
いつになく弾む会話に山積みだったクッキーがもう残り少ない。
一緒にいる相手はどちらかと言えば無口で、いつもはポップから一方的に話すのみであまり会話の成り立たない生活だ。それが苦という訳ではないけれど。話し好きのポップとしては少し物足りなかったりする。
フォルテとの会話はポップにとって密かな楽しみの一つだったりするのだった。
「そう言えば旦那は？」
これだけ話していて今更な気もするが。素だからフォルテは面白い。
「山へ芝刈り」
間髪入れずの回答に、フォルテは腹を抱えて笑い出す。
「似合わね〜！」
容姿だけは抜群に良い銀髪の戦士が芝刈りをする様を想像するにあまりのギャップに言ったポップまで笑い出す。さすがに本人の前ではできないけれど、彼女なら例え本人を前にしていよいが気にせず笑い飛ばすだろう。
その豪快さがかつて仲間だった王女に似ていて懐かしい。
笑いすぎて涙を浮かべながらも、フォルテは腰のポーチから布に包まれた小箱を取り出す。
「あ〜そうそう、これ色男から」
太陽神をこう呼べるのは世界中探しても彼女だけだろう。いや、もしかしたら『息子』も平気でのたまるかもしれないが。
「容赦ねぇなぁフォルテは」
苦笑しながらもポップは出された小箱を受け取り中を確認する。
天界に咲き乱れる白き花…地上ではそう簡単に手に入れることのできない月下草の種。細かくすりおろし練り上げたものは万能傷薬となるそれは、種のまま飲めば強力な鎮痛剤となる。
フォルテにしてはらしくない真剣な表情を浮かべている。たぶん用途を知られたのだろう。
「気にするなよ、俺が選んだ道なんだからさ」
見目に反し、ポップはフォルテより年上で長い時を生きてきた。
「まだ来ないのかって。豆姫が心配してた」
太陽を支える金色の女神は、いつも自分達を気にかけてくれる。
「うん、もう少しだけ。最後に一つだけ、やることが残っているから」
それももうすぐ、だ。
両手で持ったカップの中、面に映る自分の姿が揺れ動く。
「そっか…。伝えとく」
ごちそうさん、とフォルテはカップを置くと立ち上がった。
「ヒュンには会わなくていいのか？」
立ち寄る際は必ずヒュンケルと剣の手合わせをする。フォルテの専門分野は銃だが、ヒュンケル相手にほぼ互角にやり合う力量を持つ。
「用事は済んだからいいよ。手合わせは向こうで会ったときにでもするさね」
「伝えとく」
フォルテはにこりと笑ってポーチからキメラの翼を取り出すと放り投げた。フォルテの姿が一瞬のうちに空へと消えていった。
呪文ならルーラの効果がある、一度行った場所なら頭の中で思い描けばどこへでも飛べる魔力の持たない人の為の便利道具。
地界、人界、天界と、自由に行き来できる女神の愛されし旅人は、次はどこへ流れていくのか。
「ポップ」
背後からかけられる声は、先ほどまで噂にあがっていた人物で。
「お帰り、ヒュン。くしゃみは出なかったか？」
からかうけれど、訳が分からぬヒュンケルは首を傾げるだけだ。
彼の背には野鳥が一羽、縄で足下を縛ってぶら下げられている。夕食の食卓に並ぶことになるのだが。
「ヒュン、すまねぇ。もうひとっ走りしてきてくれるか？」
ヒュンケルにしては珍しくきょとんとした顔を向けてくる。
「客が来るんだ。お前も知ってる奴だぜ」
ポップの浮かべた笑顔に長年連れ添ったヒュンケルはそれだけで分かる。
「なら大物を狩ってこよう」
ああ言う彼だから、大物を狩ってくるだろう。今日の食事は久しぶりに豪勢になるな。
再び出ていったヒュンケルを見送った。
「今日は客が多いな」
よ〜し、とポップは袖を捲って気合いを入れると久しぶりに訪れる客を迎える準備を始めた。
勇者一行が訪れるまで後少し。
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20071004
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