SEED QUEST〜約束〜
「え？」
突然のことに、ルルーシュは傾けていたティーカップを口から離した。
ルルーシュは魔道学校を来春卒業に控え、空いた時間を家業に務める義兄を手伝う日々、スザクは既に戦士としてギルド登録を済ませそれなりに忙しい日々を送っていた。そんな中、ルルーシュの誕生日を翌日に控えた暖かな昼下がり。久しぶりに二人の休日が重なり、愛妹ナナリーに誘われてアリエス宮のサンルームでアフタヌーンティーを楽しんでいた時のこと。
「しばらく戻れないと思う」
任務地は知らされておらず、ただ実力を認められた数十名の選抜者の中にスザクも含まれたと言うことで。長い任期になるかもしれないので希望者のみと言うことだが、スザクはあえて参加を決めた。
「大丈夫なんですか？」
ナナリーが心配げな顔でスザクを見つめた。
魔族の侵攻とともにモンスターが凶暴化している現在、外界は安全とは言えなくなっているというのに、さらにそんな怪しい任務に赴くなどと。
ルルーシュは引き止めようと指を伸ばすが、だが直ぐに下ろされた。彼が一度決めたことは何があっても曲げない事は長い間一緒にいて十分すぎるくらいわかっていることだから。
不安げに揺れるルルーシュの瞳に、スザクは安心させるように笑顔を向けた。
「今よりももっと強くなって帰ってくる」
スザクは同年代では群を抜いて強いとは言えまだ若輩、経験を積んだ者からしたらまだまだひよっこで。それはルルーシュにも言えることだが、だからこそ義母兄姉たちは可愛いルルーシュを自分たちより弱い者にはやらぬと未だにスザクを認めてくれない。
「帰ってきたら、結婚してほしい」
すでに想いを交わし、体を重ねる関係にある。しかし突然の切り出しにルルーシュは目を瞠った。
「スザ…」
おもむろに左手を引かれて薬指に通された指輪に、まさかこう来るとは思ってなかったルルーシュは顔を真っ赤にし口をぱくぱくさせた。
「必ず帰ってくるから。だから待っててくれる？」
まるでいたずらが成功したようなやんちゃな顔を向けてきたスザクに、ルルーシュは仕方ないなと苦笑を漏らす。
本当は嬉しいのだけれど。素直に出せば図に乗るので。
「さっさと終わらせて帰ってこい」
ルルーシュに言えるのはそれだけで。それでもルルーシュには精一杯の見送りの言葉だった。
「おめでとうございます。お兄様、スザクさん」
ナナリーが拍手しながら二人を祝福する。
二人の世界に突入していたためナナリーの存在をすっかり忘れていたルルーシュは今更ながらに取り付くろうが、気にしていないとナナリーはほんわかと笑みを浮かべた。
その笑みがくせ者なのだと、彼女が生まれたときから一緒にいるはずの実兄は未だに気づいていないのは幸か不幸か。
「お兄様のドレス、ぜひ私に作らせてくださいな」
やる気満々のナナリーに、ルルーシュは素っ頓狂な声を上げ、スザクは楽しみだなぁと声を立てて笑った。
その夜、任地に赴くスザクにルルーシュは別れ難い想いに強くスザクを求めた。不安をぬぐい去るようにスザクは優しく包むようにルルーシュを高めていく。それは受ける側には多大な負担を負わせることになり、ルルーシュは愉悦の中で涙を流しながら最後は快楽の波に飲み込まれ気を失うように眠りに落ちた。
空がうっすらと暁に染まる頃、側で動く気配にルルーシュは意識を醒ましたが瞳はそのまま閉じていた。いつまでも包まれていたい温もりが離れる。
「いってきます、ルルーシュ」
額に優しいキスを落とし、スザクはアリエス宮を発った。
「無事に、帰ってこい」
お互いの指に輝く指輪は、たとえ離れていても互いを繋ぐリンク。
スザクに負けないように。スザクの相手であることを誇れるように。
ルルーシュは魔力を磨くことに力を入れた。
暖かな時間とは裏腹に、世界は不穏な空気に包まれてゆく。
大地が、緑が、命が。少しずつ枯れ始めたのだ。
水属性の魔力をもつルルーシュはまだ学生席だが水の大魔道士に次いだ力と類まれな頭脳を持っていた。ゆえにいち早く異変に気づいた。しかしまだ年若いルルーシュには上と話す機会に恵まれず、やっと話が通ったときはもう手遅れだった。
そして訪れた運命の10月29日。
魔族の氾濫、モンスターの巨大化と凶暴化。大人しいモンスターでさえ野生化し人々を襲い始めた。力を持つ者は率先して町や村を守った。学生とて例外ではない。ルルーシュも母国ブリタニアを守るため前線で力を揮った。
守る力の無い小さな村は破壊され、都市も打撃を受けたくさんの命が奪われた。
それはたった一夜での出来事で、世界は塗り変えられた。
憔悴する中で協会に呼ばれ、通された部屋で待っていたのは魔術士の頂点に立つ炎と風の大魔道士の二人。
「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア参内しました」
「そんな畏まらなくていいよ」
敬礼を取ったルルーシュに、机に座っていた炎を司る大魔道士が手を挙げて遮る。
まるで闇を写し取ったかのような漆黒の瞳と髪。スザクの新緑を思わせる翡翠の瞳と跳ねた茶色の髪では似てるところは何処にもないのに。にこりと笑った人好きする笑顔はどことなくスザクに似ていてドキッとする。しかし早鐘を打つ心臓はそれだけではすまない何かをルルーシュに訴えている。
「水の恩恵を受ける君に頼みがあるんだ」
そして告げられた真実にルルーシュは驚愕に目を瞠った。
「そんな…」
水の大魔道士が魔王と契約を結び謀反を起こした。他の大魔道士でさえ気付かなかった功名に仕組まれた罠。自然の恩恵を受ける世界に祈りを捧げる水の役目は果たされていなかったのだ。
世界の希望である幼き勇者を守るため、魔力を跳ねつける森と戦士とで守りを固めた小さな村…ユニウスセブンは、森が水の力を失い枯渇してしまったことで封魔の力を失い、ついに魔族の侵攻を許してしまった。
まさかスザクの任地先がそこだったなんて。
「君はクロスと共に向かってほしい」
「承知、しました…」
震える身体を戒め、口に出来たのはそれだけだった。
すぐさま組まれた捜索隊にリヴァルがいたことはルルーシュにとって心強かった。
「あのスザクがやられっこないだろ！」
スザクが隊に加わっていたことはリヴァルもこの事態で初めて知ったらしい。既に情報屋としてアークエンジェルで働いていたが、彼らでさえも掴んでいなかった情報に、それほどの極秘事項だったということを知らしめた。
「揃ったな。行くぞ」
クロスが杖も真言も無く呪文を発動させた。
流石は大魔道士、30名程の人数を一気に移動させるとは桁外れの魔力だ。
「ルーラが使えるとはな」
側にいた為、クロスの小さな舌打ちがルルーシュの耳に届く。
この森一帯に魔力に対し不可侵の力が働いていたということは、呪文も無効化される事を意味する。だからこそ純粋な力のみの強さを誇る戦士が配備されていたのだ。しかしその効果が無くなれば、膨大な魔力を持つ魔族には好都合に他ならない。
探索隊が着いたときには時既に遅く、村は壊滅し屍が横たわり散々たる状況だった。
「生存者を探すんだ。息絶えた者はこの広場まで運べ」
クロスの指示で僅かな希望を求めて皆散らばって辺りを調べる。
ルルーシュは瞳を閉じて気配を探った。守りを主体とする水の力が全く感じられない。一体どれほどの間水の祈りが絶たれていたのだろうか。
ゆっくりとあたりを見回し、ルルーシュはただ一人を求める。
スザクならもしかして…それだけを支えにルルーシュは歩を進めた。
「…！」
何度かスザクを通して会ったことのある戦士が倒れ伏し、すでに息を止めていた。
「スザ…ク…どこだ、スザク…！」
皆忙しなく動いている為、少しずつ光を失っていくルルーシュの瞳に気づく者など居るはずもない。
「レノア殿まで…」
「アスラン様の姿が見あたらない！探すんだ！」
探索隊の声が遠くに聞こえる。
スザクの姿も見当たらない。
「こりゃ壊滅的だな…」
誰かが漏らした一言に耐えきれず、ルルーシュは意識を手放した。
「ルルーシュ！」
気付いたリヴァルが駆け寄り咄嗟に受け止めるが目覚める気配を見せない。
ルルーシュの頬を一筋の涙が伝って零れ落ちた。
生存者はゼロ。遺体すら見つからなかったのはたった二人、幼き勇者とスザクのみ。遺体はルルーシュの祈りで御霊を天へ送った後、家族の下へ送り届けられた。その中にスザクの遺体が無かった事は果たして救いだったのか。
その後勇者はとある場所で養成していることが分かり、世界は希望を失わずに済んだ。この一件で見つからないのはスザクただ一人だけとなった。廃墟からは何も情報を得ることが出来ず、一介の戦士に時間を取る余裕もなく、結局捜索は打ち切りとなった。
君が居なくなって８年…。
「俺ももう25だ」
あの事件の翌年、ルルーシュは水の大魔道士を襲名した。
ブリタニアの力だけではスザクの所在を追うのに限界がある。しかし協会なら些細な情報でも手に入れることができる。ゆえにルルーシュは反対する義母兄姉たちを押し切りブリタニア籍を抜け、母の実家であるランペルージ家の叔父夫婦の養子となった。王族は協会に就くことはできない決まりなので。
しかし未だにスザクの所在は掴めていない。
今日もまたスザクのいない誕生日を迎える。
義母兄姉たちはお見合いを勧めてくるが、ルルーシュは頑なに首を縦に振る事はしなかった。
ナナリーの協力のもと何とか食い止めているが、彼らが強硬手段に出るのはもう時間の問題だ。
目を閉じれば満面の笑顔でお祝いの言葉と愛を紡ぐスザクの姿を思い出せるのに。
「もう限界だぞ、スザク」
今年は冬の訪れが早いようで、ここプラントは緯度が高いこともあって外は雪に覆われていた。コツンと窓に額をつけるとひんやりと冷気が外界の気温を伝えてくる。
「ルルーシュ様…？」
突然背後からかけられた声に振り向けば、風の事務次官である少女が心配げな顔を向け立っていた。思いに耽っていた為ノックの音に気付かなかったようだ。
「あぁ、どうした？」
「あの…会議の時間です」
「分かった、すぐに向かう。ありがとうアレン」
法衣を翻し、ルルーシュは部屋を出た。
* * * * * * * * * *
誰かに呼ばれたような気がして振り返れば、翡翠の瞳に映るのは都市を覆う光り輝くコクーンと半透明の膜の向こう側に広がる闇に覆われた荒れた大地。
確かに自分はその声を知っているはずなのに思い出せない。
曖昧に揺れる記憶にもう少しで届きそうな所で、だが声を掛けられた為にすぐに霧散した。
「ありがとう。そっちはもう良いから中を手伝ってくれるかしら、ランス？」
「分かりました」
先ほどまでの揺らめきは消え去り、再び記憶の湖に沈められた。
簡単に片づけを済ますと、ランスと呼ばれた青年は家に戻った。
８年の歳月を経て、時は再び動き出す・・・・・
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この後ですね、本編は。
20071205
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