この世界に来て数十年経つが、まだ小狼たちの気配は感じ無かった。
「いつまでこのままなのかな〜」
　呟いた声は隣に寝ている黒鋼に届いていたが、彼は特に反応を返すことは無かった。
　当初モコナと離れてしまったことで言葉が通じなくなってしまったが（なんだかんだとモコナの存在は大きかった）、黒鋼の国の言葉に発音が近かったことから彼が先に覚え、ファイはそれに遅れをとったが、言葉が専売特許の魔法使いは、覚えるのにそう時間は掛からなかった。
　言葉を覚えれば情報を得るのは簡単なことで。
　現状を冷静に判断すればここから動かないのが一番得策なので、瞳が何故か黒に変わっていることからそのまま夜叉族の軍勢に加わった。戦いの中で外の情報が得られれば、との思いから。しかし何も変わらないまま時は過ぎた。今では一族内でも一・二位の力をつけ、褒美と称して奥の離れを宛がわれた。
　一部の不満を覚える人たちから離すというのもあるのだろうが、二人にしてもラッキーな事この上ない。
　旅の間、二人きりというのは貴重だったので。
　戦いもないことから、羽目を外した二人だったが。
「うわ〜今日は金色お月様だ〜」
　黒鋼は不意に立ち上がり、散らかっていた着物に手を伸ばして羽織った。　
「黒さま、また行くの〜？」
　時折黒鋼はこうして動く。
「黒り〜ん。そういうの、デバガメって言うんだよ〜？」
　ゴン！と小気味良い音が響いた。黒鋼が拳でファイの頭を殴ったのだ。
「ひど〜い！この体じゃ逃げることもできなし〜」
　先ほどまでの熱さは熱を引いているが、体がすぐに回復したかと言えば話は別である。少し動いただけれ体が軋む。
「黒ぴー精力ありすぎなんだから〜」
「いいからお前は黙ってろ！」
　襖をそのままに、黒鋼は出て行った。行き先は見当がつく。
　多分、何をしているのかも。
　ファイはゴロリと寝返りを打って楽な姿勢に変えた。さすがにこれ以上動くことはできないので。
　素肌に触れる布団が隙間を伴って冷たい空気をいざなった。
「悲しいね。交わってしまった想いは、昇華できないんだ…」
　黒鋼のいない部屋はいつもより寒く感じる。心が寂しいせいかもしれない。
　誰もが抱えている孤独。だから人は恋焦がれるのだろう。
　悲しい恋人たちの結末は、今のファイでも分からない。





　逢瀬はいつもひっそりと行われる。
　そして今日も。
　数年に一度、月が金色に輝くときに、それぞれの王のみがこの戦場の場に呼ばれる。
　このときだけは二人は本当の姿に戻り、愛しい存在に触れることが出来るのだ。
「夜叉…！」
　何度刃を交えようと、強大な力を有する二人に怪我などあるはずも無く。それでもこうして会えるまでは不安でたまらなかった。
　互い確かめるように抱き合った。
　先代が、禁忌を犯してしまったために、阿修羅は子を成すことが出来ない体で生まれた。男でも女でもなく。だが、心まで奪われたわけではない。
「阿修羅…」
　互いの顔が一番近づく。触れる吐息でさえ熱をはらむ。このまま二人ずっと一緒にいることが出来れば。こんな幸せな事は無いのに。
「すまない…」
　阿修羅は小さく首を振った。こればかりは二人がどうあがいても、変えることはできない。それほど根強く一族の体に染み付いてしまっている。
　イレギュラーはあくまで自分たちだけ。
　世界が、理が二人を阻む。
「もし生まれ変わることができたら、お前は学校の先生だ」
　子供が好きなことを知っている。何よりも未来を担う小さな命を夜叉王は大切にしていた。
　この身が女なれば、この愛しき人の子を孕むことが出来ただろうに。
　幸せな世界で、幸せを求めて何が悪い？
「そうだな、子供の阿修羅も可愛いだろう」
　そんな阿修羅の想いをさえぎる様に、夜叉王は優しい言葉をつむぐ。阿修羅はいつも自分の存在を責めるので。
「犯罪だな、おまえ」
　くすくす笑うが、その目はとても優しい。
　細い指がつっと伸ばされ、夜叉王の胸にその鼓動を確かめるように手がそっと置かれた。そっと腕を回され、そして強く抱きしめられる。
　流れる漆黒の髪に顔を埋め、夜叉王は何度も口付ける。
　あふれる気持ちを抑えきれず、阿修羅は涙を流した。
「どんな姿でも、お前の側にいたいよ…」
　それが本心。
　たとえ一族を引き換えにしても。
　望みを叶えるために。
　そのための布陣はひいた。あとは時を待つのみ。
　二人の体が薄くなる。
「時間だ…」
　月の魔法が終わりを告げる。
　多分、こうして逢うことは無いだろう。二人予感がしていた。
「　　　　　」
　最後に触れた唇は、とても熱かった。





　夜叉族は血気盛んな人間が多いため、王が消えたとなれば大騒ぎになるだろう。
　それも敵国の王と逢引などと知ったらどうなることか。
　だから、黒鋼はこうして夜叉王の部屋で番をしていた。彼の立っての願いでもある。
「黒鋼。お前が羨ましい」
「けっ、何言ってやがる」
　他を圧倒する精神。愛する人を守り抜く力。彼ならば、と夜叉王は黒鋼にただ自分の部屋に居てくれと。
　夜叉族で一番の実力者である黒鋼が居れば、誰も部屋に入ってくるものが居ないのを見越して。
　黒鋼は何も言わず、こうして月の逢瀬時黙って番をしてくれていた。
　だが、羨ましかっただけなのかもしれないと、夜叉王は今更ながらに思った。
　黒鋼には居てくれて、自分には居てくれない片割れが。
　懺悔の様に吐き出された真実は、だが黒鋼は驚くことなくただ盃を煽る。
　一息ついたところで、二人の視線がぶつかった。
「何だ、今頃」
「誰かに、知っていてほしかったのかもしれん…」
　自分のことを。そして彼の地の者のことを。
「お前は違えるな。と、言わなくても分かっているだろうがな」
「ふん」
　黒鋼の不適な笑み。光に弾いて赤く見えた。
　金色の月がゆっくりと暁に解けてゆく。もう見ることも無いだろう。
　なんとなく感じる。世界が大きく変動しようとしているのが。
　ただ、それに気づいているのはほんの一部の者たちだけ…。



　そして今日もまた、血塗られた赤い月が昇る…







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…月云々は適当（苦笑）黒ファイで夜叉×阿修羅。このＣＰの人検索かけたけどめちゃ少ない！！ＴＶで出たし増えるかなぁ…
20060617