一番恐れていたこと。
　でも一番望んでいたこと。



　ついに、心を闇に囚われてしまった亮がデュエルアカデミアに戻ってくると情報が入った。
「十代くん。この戦闘は僕に任せてくれないかな」
「吹雪さん？」
「取り戻したいんだ。君が万丈目君を取り戻したように、僕も亮を…」
　最後の別れとなったのは卒業式。
　亮はプロとして今度は迎えに来ると、吹雪の身体に証を残して旅立っていった。
　しかし、彼に待ち受けていたのはプロの中で生き抜く厳しさ、そして闇の洗礼。
　実兄の変貌ぶりに翔は憔悴しきってデュエルどころではない。
　十代はまだ戦えるというが、吹雪はこれだけは譲れなかった。
　テレビと、鮫島校長から聞いた話では亮の闇への執着は深く、正気を取り戻させるのは絶望的に近い。
　分かっていても。それでも一筋でも希望の光が差し込むなら、それに賭けたい。
　強運は母から、自尊心は父から。
　しっかりと受け継いでいる吹雪だから。
　準備があるから、と。早々に吹雪は自室へ戻った。
「兄貴…あの人強いのか？」
　剣山が疑いの目を向けるのもわからなくもない。
　吹雪の、まだ正式なデュエルは見たことがないのだから。
　でも十代は知っている。その身で体験したのだから。
　彼の本当の恐ろしさを。
　だがそれ以上に亮は実戦で力をつけている。その上禁断のカードもゲットしたらしい。
　実戦から遠のい久しい吹雪が果たして勝つことは可能なのだろうか？
　それぞれが不安を抱えて迎えたデュエル当日。
「お兄さん…」
　変わり果てた亮の姿。帝王として、生徒から尊敬されていた彼の人を惹きつける高貴な力は今は感じられない。
『クリクリ〜』
「羽クリボー？」
　まとわりつく暗黒闘気に、破邪の力を持つ羽クリボーでも恐ろしさに十代の肩の後ろへ隠れた。
　これでは聖なる力の固まりの精霊はひとたまりもない。
「待たせたね」
「吹雪さん、その服…」
　いつもは白の、オベリスク・ブルー特待生の制服を着ている吹雪だが。
　闇に囚われ、十代と戦ったときの黒に統一された服をまとっていた。
　それが何を意味するのか。
　剣山は分からずとも、十代と翔にはいやと言うほど分かって、そして吹雪の決意がどれほどのものなのかも分かって悲しくなった。
「吹雪さん…お兄さん…」
　本当は自分の役目であったはずの、このデュエル。翔は兄の変貌振りに恐怖で逃げてしまったというのに。それと同時に吹雪の亮への想いも感じ取り、現実から目をそむけてしまった自分が恥ずかしく思った。
　ポンと肩を叩かれて、翔は振り返り見れば、十代の笑顔。
「大丈夫。吹雪さんならきっとカイザーを取り戻すことができる」
　その言葉を信じて。翔の顔から悲しみが少し取れた。



「変わらないな、吹雪。相変わらず美しいままだ…」
「ありがとう。そういう亮も…いや、前以上に格好よくなったよ」
　傍から聞いていたらのろけに聞こえない会話でも、両名の顔は笑っていない。
　互いがカードをセットし、デュエルディスクが戦闘モードにチェンジする。
「迎えに来た。俺と共に来い」
「うれしいね。でも僕は。以前の君の方が大好きなんだ。だから…取り戻すよ、君を！」
　デュエルの宣言。即効攻撃を仕掛ければ、だがトラップで応戦され、逆に反撃される。しかしリバーストラップで一進一退を繰り返す。
　二人の実力はほぼ同等。しかしデュエルは強靭な精神力を持たなければ、あっという間に勝負は帰する。また時の運もしかり。
　そしてカードの声にどれだけ傾けられるか。
　緊迫した状況は苦しくも、それは快感にも繋がっている。
「こんな状態でなければ、これほど楽しいデュエルはなかっただろうに…」
　光を閉ざした瞳からは何も得ることはできないのに。
「目を覚ますんだ、亮！」
「別に俺は操られている訳じゃない。忘れるはずはないさ、お前の事なら」
　たまらず叫んだ吹雪だったが、亮のセリフを正確に捉え、吹雪の顔が一瞬にして赤くなった。
　光の結社はデュエルで負けた者に対しマインドコントロールを施し意のままに操っているにすぎない。それは先日の十代対万丈目戦で立証された。
　しかし、亮は違う。彼は自ら進んで身を地獄へと投じた。
「そこまでだな、吹雪」
　場には決定的なダメージを与えるカードはセットされていない。ライフも残りわずかだ。それでも、勝負は最後までわからない。
　吹雪は一度深呼吸をして、カードへと手を伸ばした。
「諦めが悪いのは母様譲りでね」
　引いたカードは。
「２体のカードを生け贄に、出よ！真紅眼の黒竜！！」
　母から譲り受けた、吹雪のデッキの中で最強を誇る僕。
　大丈夫、勝機はある。
　しかし逆転されたかに思われたバトルだが、一瞬にして覆された。
「使いたくなかったな…」
　このまま何もできずに負けるわけにはいかない。
　どんなに追い込まれても勝つ力を引き寄せる。
　幸いにもまだ件の力は失われていない。
「大徳寺先生さまさまかな」
　ぽつりと呟かれた言葉は、十代に届いていたらどんな反応をしただろうか？
　だがこの力は吹雪にとっての切り札とともに諸刃の剣でもある。解放すればどうなるかわからない。
　十代によって闇から解き放たれたが、ずっと側にいてくれたのは亮だった。彼が支えてくれたから闇から脱することができた。だから今度は自分の番だ。
　目覚めたとき、あの時みたいに元の亮が自分の側にいてくれたら、嬉しいな。
　吹雪の体から闇の障気が吹き出した。
「まさか…吹雪さん！？」
　纏っていた服装で、いやな予感は感じていた十代だったが、まさかそれが当たろうとは。翔も気づき、あわてて止めに入ろうとしたが、強烈は風が吹雪を中心として吹き荒れ、近づくことができなかった。
「だめだ！その力を解放しちゃ！！」
「吹雪さん！！やめて！！！」
　必死で止めに入る二人に、だが吹雪は笑顔を見せた。二人が初めて見る、綺麗な笑顔だった。
　少し離れた高台に見えた姿は、白の制服を纏う少女。自分がふがいないばかりに光の結社に洗脳されてしまった哀れな妹。
　彼女も取り戻したかったけれど。吹雪は妹ではなく、愛する人を選んだ。
「後を頼むよ、十代くん」
　彼女を取り戻すのは自分ではない。
　世界を救うのは、十代という名の希望。
　再び十代に笑みを浮かべた直後、その表情を苦痛に歪め、吹雪は闇へと身を沈めるのだった。








…テレビに続く？いや、続かないって…（汗）20060613