「ねぇねぇユキ〜、キョ〜！！」
何処からともなく聞こえてきた、甲高い声。
突然翳った床に振り向けば。
『え”っ！？』
二人の驚きの声がハモる。
「じゃっじゃ〜ん！」
「笹の葉なので〜す！！」
透、紅葉、そして撥春が三人掛りでもっているのはかなり大きな竹。
二人の脳裏に蘇るのはあの恐怖のなげし…もとい、流しそうめん。
「どうしたの、本田さん…それ…」
かろうじて笑顔を保ったままの由希はそれを言うのがやっとの状態。しかし逃げ腰の夾を逃がさないよう襟首を掴むのは忘れない。
それよりも、何故そんな長い竹が家の中に持ち込めるのかというつっこみがしたい訳で。
だがそんな事を言えば、透が悲しい顔をするのが目に見えているのであえて黙っていることにした。
「はい、駅前で配っていたのです！」
「だから貰ってきたの〜！！」
透と紅葉は嬉しそうに同じタイミングで顔を傾けた。
「これ。ここで…いい？」
「あ、手伝います！」
木に立てかけて竹を括りつけている撥春を、透が慌てて手伝いに走る。
下校途中のことだったのだろう、このメンバーで一番力持ち君は撥春ゆえに、彼が荷物当番になってしまうのは仕様が無いとしても、よりにもよって「竹」。
「お〜や。すんばらしいもの貰ってきたねぇ〜」
珍しく部屋にこもって創作活動を行っていた紫呉が、出てきたと思えばこれだ。由希と夾の精神的疲労は果てしない。
「えへへ〜」
紫呉に頭をなでられて、紅葉はご満悦。
「はい、しーちゃん」
「いやいや、僕の分はいいよ、皆で分けなさい」
「は〜い！」
紫呉の言葉に、紅葉はトコトコ走りながら、由希と夾の所へ駆けてきた。
「はい、これキョ〜の分、とユキの分！」
紅葉から手渡された色とりどりの短冊。
「はい…って…。紅葉…」
「書かないの〜？」
今にも泣きそうに顔を歪ませ覗きこんでくる紅葉に、二人はため息を付くと短冊を受け取った。
「みんな書けた〜？書いたらつけよ〜」
紅葉が一番乗りで笹に短冊をくくり付けた。
ついで撥春に夾、透と。最後に由希が。
「由希くんは、何を書かれたのですか？」
「ぼく…」
言葉になる前に、紅葉からストップがかかった。
「だめだよ、トール〜。言っちゃったら願い叶わなくなっちゃうの〜！！」
「どうせ短冊に書けば見られるだろうがよ」
夾の言うことは最もだが、こういうイベントは気持ちが大事なのだ。
「それでもダメなの〜〜！！」
これだけは譲れないとばかりに、紅葉は皆を短冊から遠ざけるように押して部屋へ入った。
「そうですね。お願い事は言ってしまっては叶わないと、何かで読んだことあります」
にっこり笑って答えた透に、由希もつられて笑顔を向けると風に揺れる笹の葉を見つめた。
「それでは夕食の用意をしてしまいましょう。何がよろしいですか？」
「そーめん！」
紅葉のこの一言に皆が止まる。でもそれも一瞬のこと、次の瞬間には笑顔が零れる。
何で笑っているのか、紅葉一人が不思議な顔をしていたけれど。
「はい！」
透は元気良く返事をして戦闘服であるエプロンを身に纏うと、戦場である台所へと向かった。
「ふふっ」
自分の願いは。
皆さんと、いつまでも一緒にいられますように…。
自分には過ぎた願いだと分かってはいるけれど。
魚ちゃんと花ちゃん。それに由希君、夾君、紅葉くん、撥春さん、紫呉さん…草摩の皆さんと…。
みなさんと一緒にいられますように…。
チリリーン。
風鈴が涼しげな音を立てる。
笹と短冊が風に揺れてバックの月と相まってキラキラ輝いているように見える。
「風流ですねぇ…」
願いはみんなそれぞれだけど。でも根っこはみんな一緒。
誰かといる事で、自分が幸せになれること。
それは自分がいることで、誰かが幸せになれるに繋がる。
それがどんなにすばらしいことか、ちゃんと分かっている。
「お〜い、花火買ってきたぞ〜」
何時の間にか居なくなっていた紫呉が花火を大量に抱えて出現した。
「わ〜ヤルヤル〜！！」
「オレも…」
紅葉と撥春がどの花火をやろうか選定にかかっている。
透も立ち上がり、ふと二人が動かないことに気付いて振り向いた。
「行きましょう、由希くん！、夾くん！！」
「うん」
「ち、仕方ねぇなぁ…」
優しく笑顔を向けて夾と由希は縁側へと移動しだした。
大好きな人たちに囲まれて。
大好きな人たちと一緒にいられて。
お母さん。
私は今、とても幸せです。
