Rainy day

「一晩止めてくれない？」
突如現れたのは全身をずぶ濡れにした懐かしい人物。
部屋の鍵を締めないのは癖だった。
たとえ誰かが入って襲ってこようが自分にとっては進入者などをあしらうの
は造作も無いことだから。
まぁ治安の良い方であるこの地区ではそうそう事件は起こらないのだけれど。
三つ編みの長い髪が幾筋かほどけて身体にまとわり着いていた。
白く透き通るような肌、一瞬少女かと見間違えるような幼さの残る可愛らし
い顔。
「お代はこの身体で」
ウィンクしておどけて見せる彼はやはり昔から変らない。





傘も持たずに一体何処をほっつき歩けばこのような状態になるのか。
ヒイロは湯を沸かすとデュオにタオルを渡し脱衣所へ入れた。
「何？一緒に入らないの？」
人を引き付けるそのコバルトの瞳が妖しげに光る。
ヒイロは無言でデュオの頭を叩いた。
「てっ…」
べーっと舌を出したデュオを後ろにヒイロは何も言わず扉を閉めた。
何もかも変らない。
あの戦いの頃からずっと。
気まぐれな天使。
それが嬉しくもあり、ヒイロは誰もいないのをいいことにクスリと笑った。

暫くするとシャワーの流れる音が聞こえてきた。
時々鼻歌交じりの歌が聞こえてくる。
ちらりと見た限りでは所持品は無いと言っても過言ではない。
クローゼットを覗いて彼の着れそうな服を探した。
もともと痩せている彼の身体は、まとわり付いた服のせいで余計に痩せてみえた。いや、前より痩せている のは間違いない。
一体どういう生活を送っているのか。
何も話さず、時々訪れるデュオに、聞きたい事はたくさんあったけれど結局何も話さぬまま今の状態が続い ていた。
下手に言葉にして今の関係を崩したくからだ。
自由に誰にも縛られず羽ばたくデュオが好きだから。
だから、今は彼が休まる場所を自分は作って置きたい。
「ふっ…」
随分と弱くなったものだ。少なくともあの戦争の頃は自分は戦士であることで強くいられたのに。 適当に服を選び出し脱衣所へ向かう。
中に入れば既に浴び終えたデュオが髪をタオルで拭いていた。
「あぁすまねぇ。そこにあったバスローブ使っちまったぜ」
めったに見せない三つ編みを解いたデュオにトクンと心臓が跳ねた。
「ヒイロ？」
見つめてくるコバルトの瞳。自分を写すそれはとても澄んでいて、でも自分を誘っているようで。 無意識のうちに唇を寄せていた。
髪にかかっていたタオルが落ちた。
ゆっくりと腕を回してきたデュオにヒイロは尚も深く口付ける。
「ん…んん…はっ…」
久しぶりの、キス。
しばしの再会の余韻に二人は溺れて行った。





降り続く雨。
外に出ることも無くただ二人身体を寄せ合っていた。
「随分降るな…」
窓に流れる滴をデュオはぼうっと見つめていた。
「今は梅雨だから」
「梅雨？」
ヒイロの言葉に初めて体験する地球の天候にデュオはそろりとベッドから抜け出た。 木々を濡らし、地面を濡らす。
太陽を浴びてる時とは違った自然の姿を、今デュオの前に見せていた。

コロニーには雨を降らすシステムはあるが、ここまで降らせる事はない。
音も無く降り、弱いものの命を奪う。
そして孤独をもたらしてきた…。
「雨は…嫌いだ…」
「デュオ…？」
嫌な事を思い出すから。
でも、地球の雨は嫌いではない。
それはどうして？
「……」
「どうした？」
何時にもまして優しいヒイロにデュオは嬉しくて。
ベッドサイドに座ると上からヒイロにキスをした。
本当はヒイロが自分を側に置きたがっている事は分っていた。
でももう少しは自分の好きにさせて欲しい。
それが分かっているからヒイロも何も言ってこないのだろう。
もう少しだけ。
何も言えない代わりにデュオはキスで思いを伝えた。






上にいたデュオを身体を入れ替えて下にした。
絡み合う瞳同士。でもデュオは直ぐに閉じた。
ずっと見つめていたいけれど、今はまだその時では無い。
「デュオ…」
優しく、思いのたけを込めて。
それが、何も気の利いた言葉が出てこないヒイロの感情表現。
弱い耳元で囁かれてデュオがピクリと反応を返した。
柔らかな耳朶から普段晒される事の無い項へと。そして少し赤くなっている丸みを帯びてた滑らかな頬を辿 って唇へ。

深くなる接吻。
熱くなる身体。
零れる吐息。
何もかもわからなくなる。



明日になればまたデュオは黙って出て行ってしまうのだろう。
そしてまた同じ事の繰り返し。




彼が寝たふりをしている事ぐらい分かっていた。
でも顔を合わせれば、言葉を交わせば自分はずるずるとこの幸せな空間に居座ってしまうだろう。 デュオは椅子にかかっているヒイロが用意してくれた服に着替えた。
「むっ…」
半袖のシャツは随分と肩の位置がずれていた。
少し大きめのジーンズは裾を捲り、ウエストはベルトでキツク絞った。
随分と体格に差ができてしまったのは悔しい。
着替えを済ませ、辺りを見回す。
何も変らない、でも休まる場所。
「さてと」
何も持たずにここへ来た。
だから何も持たずに此処を出る。
残していくのは自分の着ていた服だけ。
それはまた次に訪れた時にでも。
寝たふりのヒイロの頬にキスを一つ。
「またな、ヒイロ」
小さく囁くとデュオはくるりとヒイロに背を向けた。
「……」
カタンと小さな音を立てて扉が閉まった。


デュオの足音が無くなったのを確認するとヒイロはベッドから立ち上がり、思い切りよくカーテンを開けた。 窓を開ければすがすがしい、でも少し冷えた空気が流れ込んでくる。
何週間か振りの太陽。木々の葉の滴が反射して目に眩しい。
下を見れば、揺れる三つ編みが目に入った。
小さな影が太陽に向かって遠ざかっていく。
「またな…か」
まだ手に残る彼の人の感触をヒイロは今ひとたび感じていた。



昨日の雨が嘘のように空は澄み渡っていた。
輝く朝日が眩しい。
「んーいい天気だ…」
誰もいないすがすがしい朝。ラッシュが始まるのはもう少し先だ。
デュオは大きく伸びをして地球の空気を思いっきりよく吸い込んだ。
宇宙へ帰ればちょっとの間にたくさん溜まった仕事が待っているだろう。
「さてと。もうひと頑張りするかぁ…」






何時終るともしれぬ鬼ごっこはまだ続きそう。

◇ＥＮＤ◇