第１話　−異変−

『ガロード…大変なことが起きました…』

　画面から溢れ出る光が語り掛けてきた。
「どうしたんだ？」
『彼女』は昔から変わることのない姿で現われた。
　ユイ家に仕える、母親と同じ顔をした自分と同じ瞳の色をもつ、電脳空間に生きるコンピューターガール。全てを見通す眼と全世界…いや全宇宙をまたにかけることの出来るその電脳に、しかしユイ家の為だけに動き続ける彼女の名は…『アンディ』。
　かつて実在していた人物、母親だったデュオの双子の【きょうだい】が、電脳空間へ残したパーソナルプログラム。
『財団が動きました。過去が変わろうとしています』
「何だって！？」
　ついに起こってしまった現実にガロードは唇をかみ締め、そして拳を握り締めた。





　何も無い平原の中を一台の車が走り抜ける。
「どうしたんですか、ガロード」
　いつもなら話しが絶えることはないのに、めずらしく黙り込み何も話さないガロードに、隣りに座っていた少女が口を開いた。
「ティファ…うん…」
　共に旅するガールフレンド、ティファ・アディール。
　戦いの中で出会い、そして共に生き、そしてこれからも共にいると誓い合った唯一人の相手。
　かつては特殊能力をもつニュータイプとして、権力者に強制され囚われ続けてきた彼女は、最終的に自分と共にある事を望んだ。
　だから今、ここにいる。自分の側に…。
　彼女に心配させてはと思い、何も話さず過ごしていたのだが、感応力の高い彼女に秘密ごとはなにも項をなさない。
　話すべきか、話さぬべきか。
「…」

　気が付いたのは最近。時々自分の手が透けて見えることがあった。目の錯覚で疲れが出たのかと思う程度でそれ以上は深く考えていなかった。しかしあまりにも頻繁に起こる為に不安になった。
　下手に町医者へ見せれば、どう過去がばれてしまうか分らない。それにただでさえ両親が有名な上に母親の血がごく僅かながらに自分の中で作用しているのを知っているから滅多なことでは医者にかかることはできない。それは今までも同じだったが。
　そして考えた結果、親から託されたチップを携帯用のノートパソコンに内蔵して彼女を呼出した。自分はその方が一番安全だと教えられていたから。
　まぁ当り前ではあるけれど、昔と変わらない姿で現れた彼女から聞いたのは現実とは思えないほどの出来事。
「過去が変わろうとしている…？」
　驚愕に見開いたガロードに、画面に映る女性が小さく頷いた。
　過去が変われば未来も変わる。
　つまり、今生きているガロード自身もいなくなると言うわけで。
　身体の変調はその前兆だったのだ。
「俺が…消える…？」
　まだ若い身だ、やりたいことはたくさんある。
　そしてしなければならないことも。
　何より愛しい人と別れてしまうことはどうしても嫌だった。
「どうすればいい？教えてくれ、アンディ」
『過去へ』
　それだけ言うと彼女は消えた。








「ガロード、何処行くの？」
　深夜、とっていた宿からこっそり出ようとしたガロードに声をかけたのは隣で眠っていたはずのティファだった。
　ただ事でない気配を敏感に感じ取ったのだろう。もしかしたら今日行動を起こすのを見計らって寝たふりをしていたのか。
「いつも側に…そう言ったはずよ？」
　優しく笑いかけてくるティファ。
　そうだ、自分は戦いの中で彼女に誓ったのだ。
　いつも側にいると。
　一瞬のためらいの後、ガロードは口を開いた。



　いつも胸元にかかっている十字架。ガロードがスイッチを押すと立体映像が浮かび出た。
　父親らしき人と、彼に抱かれている小さな女の子。母親らしき人とそして。
「ガロード…ですね」
「あぁ」
　優しい幸せな家族の映像。
「唯一残ってる家族写真…ホログラムなんだ」
　何も知らない、幸せだった頃の自分。親から守られ、愛されていた子供時代。
　あの頃に戻りたいと思わないわけじゃないけれど。
「そう言えば、ティファって俺の家族初めてだったよな」
　何も言わずにいた、お互いの過去。
　ガロードはぽつりぽつりと話した。
　ＡＷ以前の年号を生き抜いた戦士。父親は今では伝説となっているコロニーの指導者ヒイロ・ユイの名を継ぐ、宇宙最強と詠われるガンダムシリーズ…その中の『ウィングゼロ』のパイロット。そして母親も同じくガンダムデスサイズヘルを操り、世界を平和に導いた。
　その二人が結ばれガロードが生まれた。
　楽しかった二度と戻らない日々。
　そっと重なった手にガロードは不安な顔をしたティファに笑顔を向けた。
　俯いてしまったティファにガロードは優しく言った。
「大丈夫だよ、今はティファがいる」
　やっと少し笑顔を向けたティファにガロードは先を続けた。
「あれは俺が十歳を迎える直前だった」
　何かの用で両親は妹をつれて宇宙へと飛び立った。
　当時地球圏大統領だったリリーナ・ドーリアンの護衛だと聞かされたのは随分経ってからだった。
　その時ガロードは両親の知人の家に預かる形となり宇宙へは上がらなかったのだが、両親と妹はその時に巻き込まれた爆発事故が元で命を落としたと聞いた。
「大丈夫、淋しくはないさ。周りの皆は優しかったし、それに今は…ティファがいる」
「ガロード…」
　ティファは頬を赤らめながらも瞳を逸らすことなく、そっと手を重ねた。





　当時、世界情勢を全て背負っていたロームフェラー財団とバートン財団。今ではこの二つの財団は統合し、表世界では勢いを衰えさせながらも未だ裏舞台ではその名を轟かしている。
　最初は噂でしかなかった時空転移装置の存在。
　それをどういった経過か分らないが手中に収めることに成功したようだ。そして、より繁栄を願い過去への接触を図ろうとしている…。
　家族が死んだ原因も彼らが関わっている事を知ったのは最近だった。だからこの異常事態に気付いたのだ。
「行きましょう」
「ティファ…」
「過去が変われば、現在も変わります…。今の私たちも…なくなります」
　ティファの言葉に押されるように、ガロードの心も決まった。
　たとえどんな事が起ころうとも、彼女は守る。



「行こう！過去へ！！」
　新たな旅の、始まりだった。