LOVE POWER〜後編〜





　タンスの肥やしになっていた桜色のワンピースを取り出す。口紅はキツすぎない薄いピンク色。化粧は濃くしないように気をつけて、アイシャドウでキツい目を隠すように心持ち優しく見えるように。髪は下ろして耳上で小さな花を散らしたピンでクロス留め。
「よし」
「大〜！」
　階下から呼ばれた母の声に大は気合いを入れて部屋を出た。





　世界的に著名な医学界の権威の突然の来訪に、ノルシュタイン家は一気に騒がしくなった。
「まぁまぁよくいらっしゃって下さいました」
　トーマの祖母は嬉しそうに客間へ案内する。
　由比大秀博士
　各方面に顔が広く、また日本屈指の財閥の総帥でもある彼に、トーマの祖母は少しでも好印象を与えようと必死である。
「いきなりの来訪大変失礼しました、ノルシュタイン婦人」
「いいえ、とんでもございません。孫のためにわざわざお足を運んで頂きまして、ありがとうございます」
　すぐさまリリーナの部屋へ向かい診断が始まった。
　しかし彼の見立てでも現代医学では治せないとのことに、ノルシュタイン婦人はがくりと肩を落とした。
　腕の立つ医者が育っていない事から手術は危険だと判断された。ただし最近認可の下りた薬で延命出来る。その頃には人材が育っているだろうと。
「トーマ君ならやってくれるでしょう」「トーマを…孫をご存知なのですか？」
　深い皺を寄せ上品な笑みを浮かべる博士に、ノルシュタイン婦人は僅かばかり頬を染め上げた。
「僅か14歳でストックホルム大学を卒業、博士号も取得している。素晴らしいお孫さんをお持ちだ」
「そんな…」
　身内を誉められて気分を悪くする家族などいない。
「彼は今からリリーナさんを助けようと励んでいる。大丈夫、リリーナさんは元気になりますよ」
　心強い言葉にノルシュタイン婦人は瞳に涙を浮かべた。
「何でもうちの孫とトーマくんが懇意にさせて頂いているとか」
「？」
　ノルシュタイン婦人はきょとんとした顔を向けた。
　そんな情報など入っていただろうか？トーマの身辺調査は行ったがそんな身分の人間などいなかったはずだと思考を巡らした時だった。
　ノックの音に、ノルシュタイン婦人は返事を返す。
「失礼します」
「…！」
　入ってきたのはイヤなほど見覚えのある少女だった。
「貴女…何用なのですか！またこんな所までのこのこと！お前もどういう事です！大事なお客様がいらっしゃている最中に！」
　執事にまで叱りつけるノルシュタイン婦人に、だが制止を掛けたのは由比博士だった。
「うちの孫が何か失礼をしたようですね」
「えっ？」
　言葉の意味を把握できずノルシュタイン婦人は固まった。
「娘の子でね、名字は違うのだが…大、挨拶なさい」
「大門大です。先日はどうも」
　いかにも深窓の令嬢というような挨拶で、しかし上げた顔は挑むような笑顔を見せつけると、ノルシュタイン婦人は顔を真っ青にさせた。
「大が来てるって？」
　外出から戻ってきたトーマは大が来ていることを聞いて走ってきたのだが。大のいつもとは違う可憐な姿にトーマの顔が綻ぶ。
　ふと側にいた老紳士の見覚えのある顔に頭を混乱させた。いつもなら厳しく姿勢を崩す事無い祖母が愕然とし絨毯に腰を下ろしている。一体何があったのか？
「よぉトーマ！これ俺のじーさん」
　いつものように右手を挙げて挨拶しながらの大の一言にトーマは固まり、10秒ほど間を空けてから思わず声を上げてしまった。
「はぁ！？」
　リリーナの事もあり何度か顔を合わさせて頂いた由比博士。先日もとある講義で聴講し話を交わしたばかりである。
「トーマ君、先日はどうも。いつも孫が世話になっているね」
　大と同じように右手を挙げて挨拶してきた博士に、血の繋がりを感じてしまったトーマだった。




　由比博士の経歴はすさまじいもので、数々の研究の成果を上げ、救った命は数知れず。多方面にも顔が利く。それはもちろん財界でも。
　ころっと変わった祖母の態度に苦笑しえない。
「すいません博士…御不快な思いをさせてしまい…」
「いやいや」
「気にするなよ。ばーさんはばーさん、トーマはトーマだろ？」
　気にしていない風な二人にトーマは苦笑した。そう言えばさゆりさんもこのタイプだったと思い出す。この大らかさは血筋だったか。
「人は弱い生き物だ。だが汲んで上げなさい。婦人もご主人…先代当主が亡くなってからは君のお父さんが継ぐまでの間、厳しい貴族社会の中を一人でノルシュタイン家を守ってきたのだからね」
　博士の言葉にトーマは思いが溢れ出そうで、おもわず頭を下げた。
「さて…私の可愛い孫を浚ってゆくんだ、君には私の医術をしっかり継いで貰うよ」
　本当は娘の婿にと思っていたが、彼はデジモン研究を生業としていた。無理は好まない博士はなら孫にと期待を寄せていたのだと。
「さて、お邪魔虫は退散しようかね」
「え〜？」
　久しぶりに会えたのにとぐずる大を宥めたのはトーマ。
「大は僕が守ります」
　どんなに可愛い格好をしようと大は大。無謀なことは繰り返すだろうけれど。変わらない彼女の側に居続けようと決心しながら。
「大！」
「！！」
　頬へキスを落とした。





　最大の難関は取り払われた。
　二人の未来は、明るい…かな？
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…誰もが想像ついたエンディング。期待裏切れずすいません（汗）ちなみにこの由比博士、実際いらっしゃるのは女性の方です。ネットで検索してたら出てきた（苦笑）
20070224