瞳に銀河
エリア１１…元日本と呼ばれた小さな島国はここの所雨が続いていた。
梅雨の時期である。
記録を取りたがるロイドさんに付き合い、気づけばそれなりの日数が過ぎていた。さすがに異常ともとれる拘束時間の長さに先に切れたのは彼の舵を取ることの出来る唯一の人・セシルさんだった。
無理矢理強制終了に持ち込まれ泣きを入れるロイドさんを軽くスルーして解放してくれたのは実に一週間ぶり。
また授業の遅れを取り戻すの大変だなぁと思いつつも、優しい幼なじみが皮肉混じりも丁寧に教えてくれる勉強は密かな楽しみだったりする。
授業も終わっている時間だけど、やっぱり向かう場所は一つしかない。
連日の度重なる疲労は否定できないけど、あそこは自分を迎えてくれる優しい空間がある。それになにより癒してくれる存在がいるから。
早く行かないとまた捕まるわよ、とのセシルさんの言葉に慌ててラボを飛び出し、手早く着替えると特派のトレーラーを後にした。
学校に着くとにわかに騒がしい。放課後にも関わらず人の多さに驚いた。
「スザク〜〜〜！！」
入って早々一番に迎えてくれてくれたのはリヴァル。涙を浮かべながら笑顔で抱きついてきたのには思わず固まってしまった。彼の声に気づいたメンバーが次々に声をかけてくれたが、肝心の人は見あたらなかった。
きょろきょろと室内を見渡せば。
「あ…」
「あぁ、それ」
視線の先に気づいた会長さんがしてやったり！と笑みを浮かべた。
「笹…」
そういえば今日は七夕だったと思い出す。
どうやって室内に持ち込んだのか一角に笹が設置され、色とりどりの短冊が僅かに開けられた窓から入る湿気を帯びた風にひらひらと揺らめいていた。
懐かしい夏の風物詩。７年前に失った子供時代を思い起こさせる。
神社の境内に並んだ屋台、お囃子の音。母さんがまだ生きていた頃は、父さんも厳しいながらも優しいところもあって。二人に手を引かれながら親子三人楽しかった。
「スザク？」
会長さんの声に一瞬で現実に引き戻される。
人前で意識を飛ばすなんて失態、普段ならやらないのに。
それだけここは危険の無い安らかな空間なのだ。
それにしても随分沢山飾られている。学園中書かせたのだろう。
「楽しいことはとことん利用しなくっちゃね〜」
例え今は属領とされた土地で日本文化に緘口令が敷かれていようと、ここではそんな事は関係ないらしい。
流しそうめん大会をするのだと、実に楽しそうな会長さん。
彼女のことだ、さぞかし大がかりな流しそうめん大会になることだろう。
ヒラリと揺れた短冊の中で、見つけた唯一の日本語。誰が書いたなんて言わずもがな。
嬉しくて顔が歪んでしまう。隠すのが必死だった。
出会えたことが奇跡。でも再会は偶然じゃないと信じているから。
「会長！準備が整いました！」
バンと扉を開けて入ってきたシャーリーが元気に告げる。
「あ、スザク君来れたんだ〜！」
フットワークの軽いシャーリーでも息が切れている。それだけ準備が大変だったのだろう。これはタイヘンだ。
「スザクくん、これ！」
シャーリーがペンと短冊を差し出した。
「僕も…いいの？」
「当たり前じゃない！」
笑顔で返してくれたシャーリーに、後ろめたい気がするのは彼女がルルーシュのことを好きでいて、でも日本語を知らないから。
心の中でごめんと呟く。
「ありがとう」
書くことはひとつ。
「スザク〜書いたら運ぶの手伝えや！」
「はい！」
リヴァルと二人で笹を運び（もし僕が来なかったらどうしていたんだろう…）
体育館にはコレでもか！と巨大な流しそうめん機が設置されていた。こだわりを持つ会長さんらしい、竹を使用しているところはさすがだ。
「こっち！」
生徒会主催ということで、やはり動くのは生徒会メンバー。各列十数名も竹に沿って並んでいる生徒達はお椀とフォーク（箸はさすがに持てないのだろう）を持って、今か今かと待っている。
『皆の者〜！用意はいいか〜！？』
「「「「「お〜〜〜！！」」」」」
マイクを持ったミレイのパフォーマンスに生徒達も盛り上がる。このために皆は昼を抜きにしたのだというから、日本人以上にお祭り好きだ。
リヴァルの手招きに近寄ると渡される皿の上には小分けに丸められた素麺の山。
うわ〜こんなに。
そんな驚きにもリヴァルは指を動かし目線を向ければ次々と皿が運ばれてくる。
確かに成長期の学生だ、コレでもまだまだ足りないかもしれない。
「参ったよ〜ルルーシュのやつ途中で逃げやがってさ！」
人数もいることで８台も設置されている。リヴァル一人で素麺を流し続けるには少し酷というものだ。
心なしかそれだけではない愁哀が漂うリヴァルが、次の瞬間怒涛のようにグチを零し始めた。
当初は校庭でやる予定だったのだという。前日まで準備万端だったにも関わらず、しかし朝になって降り出した雨のせいで慌てて体育館へ移動させたところからスタートし、水のくみ上げ設備が故障をきたして修理に時間がかかり、素麺が予定の量より少ないことが判明し、慌てて取り寄せたりと慌しかったのだ。其の上ただでさえ少ない人ではルルーシュが行方を晦ませて更に悪化を辿っていたところに自分が登場では確かに嬉し泣きくらいするだろう。
「では流しまーす！」
一玉ずつ竹に置いていく。水の流れに乗って素麺はスピードに乗りながら流れていくのに一人目が掬おうとしたが、空振りに終わり流れていく。
最初の素麺は三人目が取れたようだ。
『どんどん流れていくわよ〜！』
水ですべりの良い麺を取るのは難しい。特に押さえの利かないフォークならなお更だ。
それでも回数をこなせば皆取れるようになるわけで。
そして流してる方も余裕が出来る。だから必然的に話好きのリヴァルの口が開くのも時間の問題だったのだ。
「ホントあいつ最近神出鬼没なんだよな〜」
仕事で学校へこれない間のルルーシュの行動が気になる。
「ごめんなさい、リヴァルさん。お兄様が…」
脚立に座る自分の足元に簡易テーブルを設置し、そこで素麺を食べるナナリーが、シュンと顔を俯かせた。
「ナナリーのせいじゃないって！悪いのはルルーシュ！！」
このお礼は賭けチェスで…とか何とか言うリヴァルににらみを利かせるのは僕の役目。
僕の目が黒いうちはそれだけはやらせないからね！
彼女も知らされていないのだろう。妹想いのルルーシュだけど、ナナリーの為と言って危険な橋を渡ろうとするのは昔から変わらないのか。
本当に、一体何をやっているのやら。帰ってきたら一言言っておかないと。
ナナリーのお椀に素麺を入れてあげながら、新しい皿を受け取り竹の上に流していく。
話しながらも手は動かす。止めればブーイングの嵐になるからね。
「終わった〜！」
もう動けませんと、リヴァルは大の字で床に寝転がる。この程度なら体力自慢の僕なら平気だけど、さすがに長時間同じ動作は身体に来たかな。
「お疲れ様」
「はい、リヴァルとスザク君の分」
おしゃれに竹の皿に浮かべられた素麺は、見目も鮮やかで美味しそう。
揃えで出された竹の箸は、きっと僕に合わせて用意してくれたのだろう。
箸なんて久しぶりに持ったけれど、身体はきちんと覚えているものだね。
躾に厳しかった母だったから、持てないとご飯は貰えなかったし、無意識にでもヘンな持ち方になれば指を弾かれた。
器用に動かして食べる様に、皆から感心したように見つめられて何となく居心地が悪い。そうだよね、使えるのはとりあえずここでは僕だけだものね。
「すごいスザク君！持ち方教えて！！」
「え、あぁうん。いいよ」
その後箸の持ち方大会に突入しちゃったのには参ったけれど。
昔は夏には当たり前に食べていた素麺。本当に久しぶりに口にした。
茹で加減も、つゆの濃さも丁度良いけれど。
何となく味気ない。
「いや〜食った食った！」
すごい勢いで食べていたリヴァルはまたもや床に大の字でお腹をさすっている。
笑いながらも箸をおいた。何となしに昔を思い出し両手をつけた。
今日も食事を出来たことを感謝して。
「ご馳走様でした」
結局最後までルルーシュは姿を現さなかった。
片付けも終わって一息つけば、あたりはもう真っ暗になっていた。
全寮制であるアッシュフォード学園で寮に住んでいないのは自分だけ。
手を振って分かれると傘を広げた。来た時より小ぶりになり、雨雲は所々切れ夜空を覗かせていた。
もう少しで止むかな。
校門を出て道路を挟んだ向かい側にある大学に身を置く自分。
まだデータを取りきれていないから、多分明日も捕まるだろう。当初の予定では明
心なしか足取りが重い。
淋しくない、なんて嘘だけれど。それでも自分で選んだ路に後悔は無い。
結局ルルーシュには会えず終い。まるで今日の織姫と彦星みたいだ。
そういえば、７年前からこの日はずっと雨だった気がする。
振り返り、見つめる先はクラブハウスのルルーシュの部屋。
未だ戻ってきていないことを知らせるように暗いままだ。まだ帰ってきていないのか。
ナナリーも楽しんでいたが、ルルーシュの姿が無いことに少し淋しそうではあった。
何をしていたのか問い詰めなければ、と思いつつも、何時までもクラブハウスを見続ける訳にも行かないから。
諦めて足を一歩踏み出して、しかしそれは直に止まった。
「スザク」
逢いたかった人。
僕の大切な…
「ルルーシュ…」
言いたい事は色々あった。どうして居なかったのか。何処に行っていたのか。何をしていたのか。
でも何一つ出てこない。
「今日は来てたのか。大変だったろう、会長のお遊びは」
「いいや。楽しかったよ。素麺は美味しかったし」
嘘だ。
君が居ないから、美味しさは感じなかったよ。
君が居ないと世界は色あせる。
君が居るだけで世界は色づく。
僕の生きる希望、生きる目的。
一歩ずつ近寄り、手の触れる位置まで来る。
手を伸ばしてから気づく。
いつの間にか雨は止んでいた。
「うわぁ…」
雨で上空の塵や埃が洗い流されて、輝く満天の星空。
天の川を挟み、アルタイルとベガが存在を主張していた。
「やっと逢えたね」
小さく呟いた声は、でも側にいたルルーシュにしっかりと届いていて。
そしてそれは短冊に書かれた願いが叶った瞬間でもある。
「あぁ」
ここが何処だかも忘れて、更に近づく互いの距離。
自分を映していたルルーシュの紫玉の瞳が閉じられた。
「明々後日…」
「え…？」
「明々後日予定は？」
「多分…休みかな…？」
まだデータ解析は残っているみたいだけど、セシルさんのあの状態なら無理矢理にでも休みにしてくれるだろう。まぁ敵が動かなければの話だが。
「なら付き合え。いいな？」
明々後日など限定とは。何かあったかな？巡らすが、浮かべられたアルカイックスマイルに魅せられて、次の瞬間何を思っていたのか忘れてしまった。
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…予告？（笑）とりあえず間に合った…七夕ネタ…。何処と無くクサイ台詞ばかりだ…ちょっと黒いような白いようなスザク視点。タイトルは知ってる人は知ってる（苦笑）。さぁ次は誕生日だ！
20070707
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