あの日の二人に帰れない
シャーリーの気持ちに全く気づいていなかった。いや、気づかない振りをしていたのか。それは自分の歩む道に必要ではなかったからだ。
しかし彼女の父親を巻き込んでしまったことで今初めてルルーシュは自分のしていることに戸惑いを感じているのは間違いなく。
不安定な心は精神を揺さぶる。
「ルルーシュ！！」
何時の間にか、スザクが住む軍の官舎前まで来ていた。
「スザ…ク？」
スザクに声をかけられるまでルルーシュはその事にも気づいていなかった。辛うじてブリタニア軍との接触はどこで自分の正体が漏れるかしれないと、無意識に正面玄関を避けていたようだ。裏門に近いスザクの部屋から見える位置にルルーシュは立っていた。
慌てて抱き寄せたルルーシュの体は雨に打たれて冷えきっていた。
「このままだと風邪引いちゃう…」
いつからいたのか分からないが、少なくても短い時間ではないだろうと判断したスザクは、自分のジャケットを脱ぐとルルーシュに被せた。官舎に入れるわけにも行かず、そのまま大通りへ出るとタクシーを呼ぶ。行き先を告げるとタクシーは滑らかに発進した。
「スザクさん」
「お久しぶりです」
赤坂界隈の料亭。迎え出た女将は昔なじみの人で、代変わりしていなくてスザクはホッとした。訳ありのスザクと連れのルルーシュに、だが女将は何も言わず奥の離れまで二人を通しす。彼女も要人相手に接客してきたプロだ、ここであった事は口外される事はあるまい。
「何かありましたら私を呼んで下さい」
スザクの状況も多少なりとも知っているからの配慮だろう、スザクは是とすると女将は退室していった。
ルルーシュをそのままに先に浴室へ向かい、日本式の浴室を確認すると蛇口を捻り浴槽にお湯を張る。冷え切った体にはお湯に浸かるのが一番だからだ。部屋に戻り次はルルーシュの濡れた制服を脱がそうと、詰め襟に手をかけた。
ルルーシュは虚ろな顔をしてスザクのされるがままだ。
雨で濡れて体に張り付いているシャツを脱がすと、白い肌が露わになる。スザクは目を背けながらある程度溜まったお湯の中に座らせるとシャワーもひねりルルーシュの頭からかけてやった。
「暖まってて」
聞きたいことはあったけれど。
今は体を温めるのが先決と、スザクは心の奥底で燻る熱を抑えながら、ただただルルーシュを介抱するのだった。
何があったのか黙ったまま、こんなに不安定なルルーシュは初めてでスザクは何だか落ち着かない。
身長はルルーシュの方が僅かばかり上だがウェイトは明らかにスザクに部がある。多少鍛えてはいたようだが、常に体を鍛え、更に軍籍に身を置くスザクには遠く及ばない。
どんなに辛く厳しい事が身に降り懸かろうとも、ルルーシュは気高く美しいままだ。
そんな君だからこそ僕は惹かれるんだ…
真っ青だった顔は、湯に温められたことにより何時もの色へと戻っていた。
唇も紫だったのが今は紅を引いたように赤い。
このまま二人きりで居てはこの想いが外に出てしまいそうで。手の届く場所にいるルルーシュを前に自制が効かなくなりそうで早く離れたかった。
「君は今日はこのままここへ泊まっていって。話は通してあるから」
そう言ってスザクは立ち上がろうとしたが、しかし敵わなかった。裾をルルーシュが握っていたからだ。
「スザク…俺は…」
何が正しいのかなんて分からない。ただ自分の目指すものの為には多少の犠牲も止むを得ないとわかっていたのに、いざ現実に突きつけられるとこんなにも弱い自分の心に吐き気がする。
聞きたいこともあるだろうに、スザクは今は何も聞かずに居てくれる。
いくら自分の駒を増やしても最後のチェックを掛けられなければ無意味だ。
−仲間になれ−
そう言えれば…どんなに心強いか知れない。
しかし軍籍に身をおくスザクだ、いつ『ゼロ』の前に立ちはだかるか知れない。
その時自分は引き金を引くことができるだろうか？
結論を無理に出そうとして、ルルーシュは顔を歪ませた。
シャーリーにキスされても何とも思わなかったのは…
ああ、とルルーシュは分かった。なぜシャーリーとは何も感じないのに、スザクだとこうまで感情を露わにさせることが出来るのか。
スザクの存在が自分にとってどんなに大きいか今更分かるなんて。
知らなかった。ブルタニアを憎む以外に自分の中にこんなに激しい感情があったことを。
こんなにもスザクを求めて止まない。
「俺は！…俺…は…」
今更何を言おうとしているのだろう。すでにあの時意見は分かたれている。進むべき道も重なることはないと言うのに。
「ルルーシュ！」
苦しむルルーシュに言葉をこれ以上紡がせたくなくて、スザクは唇を塞いだ。
見開かれた瞳から涙が流れた。
初めて交わされる口付けは、仄かな暖かさで相手を思う気持ちを唇から伝えてくる。
「君が何に苦しんでいるかは分からない。それは僕には癒せない？」
再び重ねられた唇に、ルルーシュは瞳を閉じる。頬を伝い零れ落ちる涙が布団をぬらす。
ただ今だけは、この腕の中で泣くことを許したまえ…
縋るルルーシュに、スザクは溢れる思いを止める事はできなかった。
何かを隠しながらもスザクを思い流すルルーシュの涙はとても綺麗だった。
「愛しているよ…ルルーシュ…」
甘美な誘惑に、ルルーシュは瞳を閉じた。
外の光を通す障子の明るさでルルーシュは目がさめた。
あのまま意識を失ったルルーシュを、スザクは綺麗に拭いてくれたようで不快感は無い。まだ体の奥に違和感は感じるが。
目の前で眠る幼さが残る顔を見やる。
触れ合う肌が、こんなに近いのに。思いは遠い。
ルルーシュに緩く廻された腕は、まるでルルーシュのその思いを感じ取ってくれたかのように強さが増す。
触れる肌があまりにも暖かく心地よすぎて、ルルーシュは泣きたくなった。
「これじゃシャーリーと一緒じゃないか」
泣いて、縋って。
スザクの自分への想いに気づいて尚、最後は振り払うというのに…
もっと早く彼と再会していれば…いや、あの時離ればなれにさえなっていなければ。
共に歩む道があっただろうか。
今はもう夢物語にさえなりはしないが。
泣ける腕を失ってしまったことに、ルルーシュは初めて後悔するのだった。
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１２話のキス疑惑。シャーリー嫌いじゃないけれど、好きなのはスザルルなので（笑）えっち逃げ。ごめんなさい（苦笑）
20070128
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