「三十八度五分」

　口に加えさせていた体温計が音を鳴らして知らせてくれる。見てみればこの結果。
「お前ばっかじゃねぇの？二週間も…ほとんど寝てねぇ食事もカロリーメイトのみ。そんなんでこの時期乗り切ろう何ざ自殺行為だぜ」
　仕事を調整して久しぶりに遊びに来てみれば、部屋は書類の山で足の踏み場も無し。閉め切っていたためか部屋も湿った感じがした。いかにもず〜っと画面とにらめっこしていたぞ状態のヒイロの顔色。これはヤバイぞと内心思った時、ヒイロは立ち上がったとたんぶっ倒れた。
　巷では猛威を振るうインフルエンザ。そうでないにしてもこの季節はかなり冷え込むため風邪を引きやすいのに。
「今リゾット作ってやっから。それまで寝てろ」
　無理矢理蒲団に押し込んで、デュオは呆れた顔を向けながら言い放った。
　もう一枚予備の毛布を取り出して上にかけてやる。
　声を出すのも辛いのだろうヒイロは黙って瞳を閉じる。
　顔半分蒲団の中に隠れているヒイロの姿が可愛くて、デュオは額にキスを一つ落とすと部屋を出ていった。



　普段とは逆の立場にデュオは嬉しくて仕方ないのだろう。嬉々とした態度があからさまだ。
　目を瞑れば、今までの無理していたせいだろう身体から一気に疲れが溢れ出す。それとともにいつもより高い体温に、苦しさが伴う。鈍い苦しみが孤独感を増強させ、沸き上がる不快感にイライラが止まらない。
　何度も死に直面した。死ぬことなど怖くはない。それなのに、たかが風邪でこんなに不安に陥るなんて…。
『幸せ』を手に入れると、なんでこんなにも気持ちが弱くなるのだろう？
　暫くすると、キッチンから鼻歌交じりにトントンと音がしてきた。
　心地よい。誰かが自分のために何かをしてくれること。
　それだけで少しは気分が楽になったような感じがした。
　熱で意識が朦朧とする中、ヒイロはそれをＢＧＭに、暫くの眠りに就いた。



「ヒイロ〜出来たぞ〜」
　うとうとしていた意識はその声に急速に現実に浮上する。
　お盆に乗せられたリゾットは、蓋の隙間から美味しそうな匂いを辺りに漂わせる。
「お、けっこう汗かいたじゃん」
　あまり汗をかく体質ではないのだが。だが流石に毛布を含めて蒲団を三枚頭まで潜っていたのだ熱いのは当然だろう。タオルで簡単に身体を拭いて新しい寝間着に着替えると、先ほどよりも身体が軽くなった。
「結構自信作なんだ」
　小さい時、教会のシスターが作ってくれたのだと。デュオは笑みを浮かべて答えてくれた。確かに食べやすくて美味しい自分好みの味だった。
　そっと顔を近づけてきて、ふせられた瞳にドキリとする。
「けけけ」
　あと数ミリ…というところで、デュオは質の悪い笑みを浮かべた。
「さっさと直さないと、それまでお預けだかんね〜」
　ヒイロは全てたいらげると気休め程度の風薬を飲んで蒲団をかぶった。
「もう少し寝ろ。汗かきゃすぐ治るからさ」
　そしたらいっぱいやろう。
　言葉とは裏腹に、満身の笑顔を向けてくるデュオに、ヒイロは苦笑した。
「あぁ」
「今日は付きっきりで看病してやる」
　そう言って、デュオは嬉しそうに布団に腕をかけてヒイロの髪を梳いた。
　体が休息を欲している。デュオの指を気持ちよく感じながら、ヒイロはゆっくり瞳を閉じた。






　デュオの看護の元、次の日にはヒイロは復活を果たす。が、移ったのだろうデュオがその後一週間も寝込むことになるとは、まだこの時の二人には予想だにもしていなかったのだった。

風邪…私は１２月は散々な目にあいました。熱が下がらず暫く苦しんでいました。インフルエンザで無かったのがせめてもの救いです。その後立て続けにみちやさんを含め、友達がバタバタと寝込みだしました…。きっと私のがうつったのですね…ごめんなさい。
ヒイロは素手で鉄格子曲げたり、５０Ｍほどの上空から落ちても骨折だけですんだりと、化物並みの体力の持ち主ですけど、でも私は結構繊細に見えます。ということでヒイロ君風邪ネタです。風邪を引くと人間弱気になるもの。ヒイロも案外…と思って書いてみました。
ＨＰの３００ヒット記念ということで、リクエストは甘々…無事クリア出来たかはわかりませんが…皆様の感想次第ということで。